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めずらしく

こんな時期に日記を書いてみる。

今年の2月の日記を読んでいろいろ。

大掃除は寒くなる前に。これ実践できてる。一応。
後窓のサッシ、ベビーカーなどのいらないものの処分

空手は週2回。できてる。私だけ色帯になれた(息子はまだ;
型やりだすとおもしろい。かっこいいしね。
もうひとつ習い事を、スイミング行かせたいんだけど考え中。

10月になったら年賀状整理して今年こそ1日に届くようにしたいな。

仕事でイライラすることが多くなったので会社の人と適度にガス抜きしに行ってます。
夜美味しいもの食べながらたくさん話してストレス発散…

漫画の整理はできてません。
増え続けててどうしたもんだか。

体調面では寒い→乾燥する→喉気管支の不調が一連の流れなので気をつけたい。

生理前になると肩こりっぽいのと頭痛がひどくなってきた。
その分生理痛は減った。なにこれ老化?

雑記

WordPress.comを始めました!

こんにちは。Rykeです。

WordPress.comを始めました。

ゆるいブログとして使っていこうと思います(o゚▽゚)o

雑記

マスター昇格からのサヴァスロ記

ちまちま進めていたサヴァスロ、ようやくマスターIに昇格。

昇格直前まではレート2500前後を上げたり下げたりしていた中で、マッチ運にも恵まれて、怒涛の9連勝で昇格戦に突入。昇格戦も2連勝で抜けて、晴れてマスターIに昇格。

これを機に、デッキ構築やら対戦ログやらを備忘録を兼ねて記録始めてみようと思い立つ。

まずはデッキから。

多少の入れ替わりはあっても、ディアナ+バハムートラグナロク・スケルトン軍団・迅雷はほぼ最初からずーっと固定でした。

今後は、立ち回りやら対策やらを続けていければと思いつつ、今日はここまで。

サヴァスロ

エイプリルフール

4月1日は

エイプリルフール

言い換えると

虚言の日

エイプリルフールは午前中までという話をよく耳にするが

そんなことはどうでもいい

だって

私は虚言を吐かない

 
 
 
 

なんせ真面目だから

雑記

努力について()

”僕は努力が嫌いだ”

という言葉から始まる、人類史に残る伝説的主張がある。
しかし、実のところあの主張の内容の8割は虚言である。私の努力が実を結んだことも、実を結ばなかった努力が後の糧になったということもなかった(そもそもあの程度のことは努力と呼べない)。

私の人生(特に中学以降は)妥協ばかりなので、努力ができる人は全面的に尊敬できる。そして、努力する女の子はカッコかわいい

要するに…

水本ゆかりが好き

以上、華やぎのビブラートのSR+を手に入れて思ったこと

雑記

敬語について

私の敬語使用の現状

大学ぼっちの私は基本的に敬語で話す。年長者はもちろん、大学の同級生やバイト先の高校生など、同い年や年下に対しても敬語を使う。バイトに関しては、たとえ相手が年下且つバイト歴が私より短くとも敬語を使う。

では、なぜ敬語を使うのだろうか?

私の愛するゲームシリーズである”FLOWERS”の”春篇”にこのようなセリフがある。

『私はね、敬語はねある種の武装だと思うの』
『敬語を使うということは相手がよく分かっていない時や、心の内を晒したくない時に使うものでしょう』

敬語とは武装

私にとって、他人とは時として敵になりえる不確定要素である。そのため、敬語という武装をして牽制する必要がある(これには、私の友人観が大きく関わっているがここでは割愛する)。簡単に言えば、武器を構えて”私に近づくんじゃねぇ”と警告しているイメージ。要するに、敬語とは”相手との距離を調節する(遠くする)ための道具”である。

BGM: ミスティア – FLOWERS ORIGINAL SOUNDTRACK -PRINTEMPS-

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一人称について

日本語には様々な一人称が存在する。例えば、”僕” 、”私”、 ”俺”、 ”俺様”、 ”我”, etc. ”一人称 一覧”などでググればたくさん見つかるだろう。

このように多様な一人称の厄介なところは、それによって人に与える印象も変わってくるというところだ。
これは私のステレオタイプだが、僕=大人しい、俺=少し高圧的 などだ。私のものとは似ていなくとも、誰もが一人称の種類によって受ける印象は何かしら異なるだろう。そのため、あまり好かない一人称があるかもしれない(私は”俺”という一人称があまり好きじゃない)。
文字として表記する場合も、発音は同じ”わたし”だとしても、”私”、”わたし”、”ワタシ”などの表記の違いで与える印象は異なる。私もADVプレイヤーとして、キャラクターの性質を考察する際の手掛かりにする。

日常では先述した、表記での印象の差異はあまり利用する機会はないだろう(ネット上では結構ある)。そのため、基本的には”僕”、”私”、”俺”の音声の一人称が印象に結構影響を与えているのではないか。

まあ、人と関わらない私に印象もクソもないので結局は自己満足だったりする。だから、一人称なんて”一人称が私の自分マジかっけぇぇ”みたいな理由で決めても良いのではないだろうか。事実、私が”私”を使うのは高貴なものへの憧れ、
つまり、”水本ゆかり”への憧れからである(大嘘)。

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