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マスター昇格からのサヴァスロ記

ちまちま進めていたサヴァスロ、ようやくマスターIに昇格。

昇格直前まではレート2500前後を上げたり下げたりしていた中で、マッチ運にも恵まれて、怒涛の9連勝で昇格戦に突入。昇格戦も2連勝で抜けて、晴れてマスターIに昇格。

これを機に、デッキ構築やら対戦ログやらを備忘録を兼ねて記録始めてみようと思い立つ。

まずはデッキから。

多少の入れ替わりはあっても、ディアナ+バハムートラグナロク・スケルトン軍団・迅雷はほぼ最初からずーっと固定でした。

今後は、立ち回りやら対策やらを続けていければと思いつつ、今日はここまで。

サヴァスロ

制作中次回作:鬼娘

ご無沙汰です。掘人です
今回は準備を進めているCG集次回作についての進捗報告です

昨年からちょくちょく描いていた鬼娘をテーマに、複数キャラ登場のボリューム大きめの作品として制作予定。

鬼ヶ島に暮らす鬼娘達を桃太郎一行が退治したりされたりするお話。

気に入ったデザインでも1キャラを20ページ以上も描き続けると流石に飽きが来る問題が以前からあったりしたので、
解決策として複数人それぞれに体位を割り当てて描く形で制作中。今の所ネームもスムーズに進んで快調です。
ただ、和装デザインやその勉強を楽しむあまり、鬼娘は最終的に十数名に増えてページ数も前作比1.6倍ほどに膨れ上がってます(37ページ+差分)

各デザインはまだまだ変更予定。特に髪型は学ぶ事が多くてちょいちょい変更を加え続けてます(巻毛ももっとソバージュっぽくしたい)


これは2月頃、雰囲気のテスト用に描いたページ
デザイン変更やデッサンの狂いもあるので本制作ではゼロから描き直します

それと前作もとい昨年の反省点として、騒音トラブルとそれに伴う引っ越しやらなんやらで制作期間が空いてしまい
顔の描き方を忘れるという事態に陥ったので今作こそは、画風の安定を目指します。
愚痴っぽくてスミマセン、特に前作(赤ずきん)をご購入いただいた方には集大成を謳いながら結構な荒れ方だったので申し訳ないです(主にアップ顔
そういう訳でそちらは直せる範囲で顔を加筆微修正したりイラスト追加したりして最近アップデートしました。

じっくり練習しつつ安定した作品に出来ればと思っております。
完成時期は未定!なので忘れた頃にまた進捗を更新するので気長にお待ちいただければ幸いです。

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エイプリルフール

4月1日は

エイプリルフール

言い換えると

虚言の日

エイプリルフールは午前中までという話をよく耳にするが

そんなことはどうでもいい

だって

私は虚言を吐かない

 
 
 
 

なんせ真面目だから

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努力について()

”僕は努力が嫌いだ”

という言葉から始まる、人類史に残る伝説的主張がある。
しかし、実のところあの主張の内容の8割は虚言である。私の努力が実を結んだことも、実を結ばなかった努力が後の糧になったということもなかった(そもそもあの程度のことは努力と呼べない)。

私の人生(特に中学以降は)妥協ばかりなので、努力ができる人は全面的に尊敬できる。そして、努力する女の子はカッコかわいい

要するに…

水本ゆかりが好き

以上、華やぎのビブラートのSR+を手に入れて思ったこと

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敬語について

私の敬語使用の現状

大学ぼっちの私は基本的に敬語で話す。年長者はもちろん、大学の同級生やバイト先の高校生など、同い年や年下に対しても敬語を使う。バイトに関しては、たとえ相手が年下且つバイト歴が私より短くとも敬語を使う。

では、なぜ敬語を使うのだろうか?

私の愛するゲームシリーズである”FLOWERS”の”春篇”にこのようなセリフがある。

『私はね、敬語はねある種の武装だと思うの』
『敬語を使うということは相手がよく分かっていない時や、心の内を晒したくない時に使うものでしょう』

敬語とは武装

私にとって、他人とは時として敵になりえる不確定要素である。そのため、敬語という武装をして牽制する必要がある(これには、私の友人観が大きく関わっているがここでは割愛する)。簡単に言えば、武器を構えて”私に近づくんじゃねぇ”と警告しているイメージ。要するに、敬語とは”相手との距離を調節する(遠くする)ための道具”である。

BGM: ミスティア – FLOWERS ORIGINAL SOUNDTRACK -PRINTEMPS-

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一人称について

日本語には様々な一人称が存在する。例えば、”僕” 、”私”、 ”俺”、 ”俺様”、 ”我”, etc. ”一人称 一覧”などでググればたくさん見つかるだろう。

このように多様な一人称の厄介なところは、それによって人に与える印象も変わってくるというところだ。
これは私のステレオタイプだが、僕=大人しい、俺=少し高圧的 などだ。私のものとは似ていなくとも、誰もが一人称の種類によって受ける印象は何かしら異なるだろう。そのため、あまり好かない一人称があるかもしれない(私は”俺”という一人称があまり好きじゃない)。
文字として表記する場合も、発音は同じ”わたし”だとしても、”私”、”わたし”、”ワタシ”などの表記の違いで与える印象は異なる。私もADVプレイヤーとして、キャラクターの性質を考察する際の手掛かりにする。

日常では先述した、表記での印象の差異はあまり利用する機会はないだろう(ネット上では結構ある)。そのため、基本的には”僕”、”私”、”俺”の音声の一人称が印象に結構影響を与えているのではないか。

まあ、人と関わらない私に印象もクソもないので結局は自己満足だったりする。だから、一人称なんて”一人称が私の自分マジかっけぇぇ”みたいな理由で決めても良いのではないだろうか。事実、私が”私”を使うのは高貴なものへの憧れ、
つまり、”水本ゆかり”への憧れからである(大嘘)。

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動機

最近、私の数少ない友人がブログを開始した。
それに触発され、私も自己満足だが物書きをしたくなった。
大学入学後は単位をとるためのインプット的な学習ばかりだったため、アウトプットがしたくなったのだ。

私は基本的に引きこもりで友達もいないため、アウトプットが常人と比べ極端に少ない。ADVと読書などによるインプットに対してアウトプットが少なすぎる。インプットとアウトプットのバランスをとりたい、いや、むしろアウトプットの比重を高めたい。

また、文章を見て分かる通り、私は文章を書くこと”論述”を非常に苦手とする。だから、日頃から少しでも文章に触れようと思ったり、思わなかったり。

以上が、私から私に”From me to me”再び文字を綴る動機だ。

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