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古いタンス

入居者の方々の部屋には、自分の家から持ってきたであろう、古い家具や白黒写真などがたくさんあったりします。

限られたスペースですのでそんなに置けませんが、入居者の方々の歴史が見れてとても興味深く、ときどきケアをするために部屋に入ったときにそういったものをみて歴史を感じます。

とあるラウンジに、私の背丈以上あり横幅も広い大きな古いタンスが置いてありました。

施設のものなのかな、と思っていましたが、入居者のフランス人のおばあちゃんのものだということがわかりました。

フランス語しか話さないおばあちゃんですが、英語は聞いて理解できるので、なんとなく会話はできます。

スタッフがおばあちゃんのそばで英語で雑談していると、フランス語で会話に割り込んでくる面白いおばあちゃんです笑。

ある日私がその古い大きなタンスを眺めていたら、それ私のものよ、とジェスチャーで教えてきました。

どうやら施設に寄付したそうです。

おそらく大昔に船で運ばれてきたのであろうタンス。

昔のものは年月が経っても重厚で立派に見えます。

古いものにふれる機会がまったくない今日この頃。

古いタンスをみてちょっと癒された午後でした。

介護施設

ユリッタ教会

グアテマラシティの4区と9区の境目にある小さな教会。通称ユリッタ教会(Iglesia Yurrita)と呼ばれていますが、正式には悲しみの聖母教会(Nuestra Señora de las Angustias)と言う名前のカトリック教会です。

フェリペ・ユリッタさんという人が1927年から41年にかけて建てたチャペルですが、バロック、ロマネスク、ビザンチン、アール・ヌーヴォー、ガウディ、モリスコなどいろんなスタイルを混ぜ合わせたらこんなスタイルになってしまったというユニークな建物。そう言われてみれば、ガウディ風に見えないこともあるようなないような。。。

こちらはそのユリッタさんが住んでいた家。現在は最高選挙裁判所(TSE)となっています。1910年に完成し、1928年までユリッタさんの家として使われています。こちらもやっぱりフェリペ・ユリッタさんの好みに合わせたスタイルなのだそうで、外見はネオクラシックですが内部はアール・ヌーヴォー。いえ、中を見たことないので、実際のところは知りませんが。

その後紆余曲折を経た後、1989年から最高選挙裁判所の建物として使われています。

窓のアイアンワークには金色のライオンが。これ、スペインの国章にいるライオンさんのような。

これこれ。王冠をかぶったライオンさん。別の窓には、ライオンさんの隣にある城(窓と入り口が顔のようにも見えるけれど)バージョンのものもありました。そう、ユリッタさんはスペイン出身の一族なのですね。

ユリッタ一族はスペインはカスティーリャのアレバロという町の出身で、そこの保護者が上記の悲しみの聖母。それってどこよ?と思ったら、マドリードとバジャドリードの間、アビラ(Avila)の北にある町でした。アビラと言えば、セリート・デ・カルメン(その1 その2 その3 その4 その5)にあるカルメル山の聖母像はここに所以があるんでした。

ユリッタ教会は現在は普通の教会として毎週ミサも捧げられていますが、何だか一般の人がふらりと入れないような雰囲気が漂っています。ちょっと中に入ってみたいのですが、機会あるかしら。

2018

[Manitoba]安藤百福

安藤百福(あんどうももふく)という人を知っていますか。安藤さんは「インスタントラーメンの父」さんと呼ばれて、有名な発明家(はつめいか)でした。世界で初めてインスタントラーメンというインスタント食品(しょくひん)を発明しました。インスタントラーメンとカップヌードルの発明は世界の食生活(しょくせいかつ)を変えました。

安藤さんは1910年に日本時代(じだい)台湾(たいわん)に生まれました。二十二歳ぐらい時、祖父母(そふぼ)みたいに自分の織物(おりもの)の会社を作りことが夢になりました。そのため、1933年に大阪に旅行して経済(けいざい)を勉強しながら自分の着物(きもの)の会社を作りました。この会社は安藤さんの初めてじゃなくて最終もではありません。安藤さんは十五年後もう一回別の会社を作って、その会社で有名になりました。

戦後(せんご)、1948年に安藤さんは初めて日清食品(にっしんしょくひん)(Nissin Foods)という会社を作りしました。でもその時、あまりお金がなかったので会社は小さくて塩(しお)しか売りませんでした。すぐ後に、日本の食糧不足(しょくりょうぶそく)があったが安藤さんはラーメンについてよく考えました。実は、その時ラーメンを作ることが便利(べんり)ではなくて高すぎるので日本じんはあまり食べられませんでした。しかし、他の安い食品の方が人気があったから安藤さんはラーメンを何とか安くして作り方を便利にしてみたかったです。皆は十分食べられることができれば本当の平和を持てると思って革命的(かくめいてき)な食品を発明し始めました。そのため料理(りょうり)の経験(けいけん)がなかったのに、たくさん試行錯誤(しこうさくご)してついに1958年に世界で初めてチキンラーメンというインスタントラーメンを発明しました。

安藤さんはアメリカにビジネス旅行した時アメリカ人の食生活をよく見ました。アメリカ人は大抵カップにお湯を入れてインスタントラーメンを食べていると気づきました。そこからカップラーメンのはイデアを考え出しました。1971年に発泡スチロールとかポリスチレンなどからできるカップを発明して、ついにカップヌードルを発表(はっぴょう)しました。世界に大ヒットになって、安藤さんの夢は実現(じつげん)しました。

最近、インスタントラーメンやカップヌードルは便利になって値段(ねだん)が安くなりました。そのため世界には有名な食品になったかもしれません。さらに、学生の中で一番人気がありますから、日本では「学生料理」と呼ばれています。安藤さんの夢みたいほとんど誰でもこの食品を買う余裕(よゆう)があります。安藤さんは2007年になくなりましたが、その前に「毎日ラーメンを食べて幸せになった」と言っていました。やっぱりラーメンは幸せな食べ物ですね。食べたことがなかったら、ぜひ食べてみてくださいね!

発明 invent

発明家 inventor

食品 food product

食生活 eating habit

時代 era

台湾 Taiwan

祖父母 grandparents

織物 textiles

戦後 post World War II period… さらに65語

食べ物

Pearls from "A Modern History of Japan from the Tokugawa Times to the Present"

If we improve our country’s transportation system and build more railway lines, can we remove “Filipino Time” and make it on par with Japanese punctuality? さらに327語

Dining Out: Adriana's On The Hill

Lunch is a dying art—except at the holidays. Whether we are packing in as many activities as possible, or slowing things down enough (once the decorating and shopping are done) to take a break, it seems the lunch crowd picks up just a bit. さらに308語

Food & Drink

馬と戦争

盲目の背の高いおじいちゃん、ジョーのお世話をしていたときのこと。

ジョーは盲目であるうえ、なかなか快く介助を受け入れてくれない、対応の難しいおじいちゃんです。感情的で怒鳴る癖があることから、ダイニングルームでの食事(ランチ以外)を禁止されているので、ほとんどの時間を自室で過ごします。

とある夜、比較的穏やかで落ち着いていたジョー。

ジョーがなにやら私に興味を持ち始めて、昔話を始めました。

興味といっても、私の日本語アクセントが気になったようで、なんでメルボルンにいるのかとか、どこの国出身だとか、そういったことです。

それで少し雑談をする機会がありました。

もうすぐメルボルンカップといって、オーストラリアでは祝日にもなってる盛大な馬のレースがあります。

それでおじいちゃんは馬の話とそれに関する戦争の話を話し始めました。

馬の種類や大きさによって役割が違う(人を運ぶか、武器を運ぶか等)とか、、、もっといろいろ笑

いきなり難しい歴史の話が始まり、ちんぷんかんぷんで聞いていたのですが、しきりに「The wells of beersheba」という本を読めと言われました。

おじいちゃんおばあちゃんと話をしていると、ちんぷんかんぷんながら、いろんな話が聞けて面白いです。

そしてやはり若者が知らないことをきっと多く知っているんだろうなと思います。

とりあえず言われた本がどんなものなのか、さっそくググってみたいと思います笑。

介護施設