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封切り前の山本太郎さんのドキュメンタリー映画、初上映がニューヨークな理由と、その後。

「封切り前の山本太郎さんのドキュメンタリー映画『ビヨンド・ザ・ウェイブス』を、NYで特別上映!」というニュース。

「いつの間に、山本太郎さんのドキュメンタリー映画なんて撮られていたの!?」
「ベルギー人監督アラン・ドゥ・アルーが山本太郎参議院議員を追った外国映画!?」

と、みんなに驚かれた。

監督の祖国ベルギーで一度だけ先行試写された封切り前の映画。それ以外では、世界初公開となったニューヨークでの特別上映会。

「なんで初上映が、ニューヨークなの?」

という反応もあった。

それは、この映画を観たい人が、たまたまNYに住んでいたから。
NYで暮らす私の日本人の友人が企画して、彼女が映画制作関係者たちと交渉して、自主上映を可能にさせたから。

この企画が通るかどうかも分からない時点で「上映会やります!」と、NYに住む少人数の私たち仲間に宣言。限られた時間の中で、彼女は気力で頑張った。
応援するよ、と集まった仲間たちは、みんなボランティア。上映会参加費も当日、他のお客様たち同様に支払ったし、赤字になったらみんなで負担するから、と覚悟した。

場所はどこにしようかと話し合い、仲間の一人がコロンビア大学へと話を持っていった。そこがダメになった場合は違う場所をと、予備の場所を整えてくれた仲間もいた。
京都のプロのデザイナーが無償でフライヤーを作成し、みんなはNYの大学や日系食料品店などに、そのチラシをはりに出かけた。私は告知記事「山本太郎さんの封切り前のドキュメンタリー映画『ビヨンド・ザ・ウェイブス』を、NYで特別上映!」を書いた。

そんな風にして、9月25日、公開前のドキュメンタリー『Beyond the Waves』の特別先行上映会が、コロンビア大学で開催されたのだ。そして、上映後、山本太郎参議院議員とSkypeを通してのQ&Aセッションも行われた。お客が来ないのではという私たちの心配は吹っ飛び、事前に予約を打ちきらなくてはならないほどの大盛況。

映画は素晴らしいドキュメンタリーだった。アラン・ドゥ・アルー監督は、変貌していく日本をしっかり見つめる日本の異端の政治家が、独自のやり方で日本の人々を守ろうと奮闘している姿を描きだす。

今の政治には愛がない。だから国が排他していく人たちが、このままではどんどん増えていく。太郎さんの方針は、すべての人たちへの愛が軸になっていることは、前から気づいていた。

でも今回、私が学んだのは、自分が役に立たない人間ではないか、生きている価値がないのではないか、と思う人たちへの気遣いが、太郎さんは非常に強いということ。

「自分は生きていていいんだ、と胸を張って言える人が少ない」と、人権について質問された太郎さんは語った。

「何らかのことに役立ってるというのが基本になってしまって、自分は役立ってないのではと思っている人たちは主張ができなくなっている」

そして彼は、3人に1人が貧困で、多くの人たちが苦しい生活状況の中で生きていることを説明。貧困者が悪いのではなく、国が機能していないから、国民の生活が厳しいのだと、彼は考える。

食べていくだけで精一杯の人は、他の人たちの問題を考える余裕もない。疲弊して仕事に追われていたら考える暇もないと、政治に無関心な人たちに対しても、彼の言葉には批判ではなく愛がある。 さらに44語

映画

「ウィキリークスの秘密-ジュリアン・アサンジ完全密着-」 というドキュメンタリー映画を観た

「ウィキリークスの秘密-ジュリアン・アサンジ完全密着-」 というドキュメンタリー映画を観て、感化されたので、さっと感じたことをこのパブリックノートに書きます。

数日前、うみみらい図書館で「クリーンコード」という、コーディングに関する本を読みました。そこに、Wikipediaの周りのプログラマの話も載っていて、(いま、創始者のジミー・ウェルズについてググったけど、ちょっと記憶ちがいかな)こういうWebサービスを開始する人も、かなりプログラムうまかったりする。

ジュリアン・アサンジも書けるプログラマ、、みたい。なんかハッキングてか(、クラッキングだね)にも少年時代関わってたんかな?その「クリーンコード」では、プログラミング手法とかで業績上げたようなプログラマのことが、本人の肖像イラスト画つきで描かれていて、面白かった。(デザインパターンとか、エクストリーム・プログラミングとか、オブジェクト指向とかのイノベーター)ジェフ・ベゾスも書けるプログラマだしね。

たぶんアサンジも、このWebサービス始めようと思うまでに、いろいろなプログラムを勉強して、もちろんその周りの理学(数学、物理学、化学)も学んだだろうし、社会のことも考えていたと思う。てかこの人ジャーナリストでもあるし。
デスクトップユーティリティープログラムのアルゴリズムや、OSの仕組みとかも勉強したろうと思う。

で、ある時、「ドッカーン」ってことだろうね。社会に必要なプログラムが頭に降りてきて、しかもコーディングができる。あとサーバーの設立・管理ができて、そこに人がアクセスしたくなるサーバ・アプリケーションを作った。

映画を観て、感じたことは、ヨーロッパ的な価値観と、地続きの異文化としての中東、そして移民していった兄弟としてのアメリカ。そのアメリカが、イラクと戦争を起こし(ずっと前から石油を巡って侵攻していたけど)、そこでハイテク最新兵器を使って、圧倒的な力で暴力事件を起こしている。

今日、インスタでpolicepostsというアカウントで、警察がカップルを捕まえるところをみていた。映画の中では、六人の民間人が、多分特に理由がなく、銃撃をうけて、それを助けようとした人まで撃たれていた。子供も二人いて、重症を負い、いまも後遺症が続いている。

歴史の本とテレビ(NHKもたまにはいいことをする)で学んだことによれば、私有財産が生まれる前は、人類はもっと平和に過ごしていた。総力戦的なことはあまりしなかった。現代は戦争があまりに巨大化している。どこかで人間の動物性が壊れて、凶暴化しているのでは。。

ある日、大事ななにかが壊れることがある。今日アマゾンから届いたパッケージの中に、アフリカの子どもたちに募金を募るパンフレットが入っていた。そういえば、インスタでも、ボランティアのポストにコメントしたな。

アメリカは好きだけど、軍事行動の闇は地球の精神を侵している。それが強く心に残った。少数の悲劇の当事者のことを考えずにあってはならないと思う。

ウィキリークス
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%B9
Education

Ross And Rachel Were Never Supposed To Go On A Break, According to 'Friends' Exec

No one told us “Friends” was supposed be this way.

In a new interview with Metro UK, Executive Producer and Director Kevin S. Bright revealed that Ross and Rachel – one of TV’s all-time favourite fictional couples – were never supposed to go on that infamous break, which caused their tumultuous relationship status throughout the series. さらに235語

Celebs

黒澤明「羅生門」

映画「羅生門」から見る人間エゴイズムや女性の位置問題

原作を芥川龍之介の短編小説「藪の中」や「羅生門」に基づいて、黒澤明監督が映画「羅生門」を作り立ち、世界に大きいな影響を与えた。「羅生門」効果として大評価されたのは、当時日本が直面した様々な社会問題が述べられた点である。映画の中に、多元焦点化の手法が利用され、監督が人間エゴイズムを鋭く批判した。本題は映画「羅生門」を手短にまとめ、そして先行研究を参考しながら分析を行い、映画に反映された人間エゴイズムを詳しく論及する。その上、あまり注目されていない女性の底位置問題も検証していく。

1.あらすじ

平安時代の京都を舞台にし、映画「羅生門」で描かれた日本は、政治や軍力が政府に中心をされ、乱戦が続き、共に疫病が流行し、国民が貧乏や死に困窮された背景であった。その時代における、荒れ果てた羅城門で、3人の男の人が雨宿りに偶然に集まった。中の二人が検非違使から帰る途中で、巻き込まれた殺人事件について語り出した。不思議なのは、同じ事件なのに、それぞれの人物の視点から語ると、証言の食い違いが起こり、実況がつかまりにくかった。関係者全員から分かれたのは、武士や彼の妻、共に盗賊3人で戦いが起こり、武士金沢の死が結局になった。しかし、その死亡まで至るのは何があったか関係者のすれ違った考えや感情で再現された。

◎盗賊多襄丸の観点

武士を殺したと自首した多襄丸によると、自分が真砂の顔に惚れ、武士を騙して真砂を手篭めした。彼が金沢を殺した動機は、真砂は戦いに勝利した側に従うと言ったからであった。彼の話に疑惑を感じた旅法師から聞くと、彼の知っている真砂は、夫に忠実であり、そしてすさまじい人なので、そういう発言をする訳がないと述べた。

◎武士の妻、真砂の観点

     武士の妻である真砂は、多襄丸が犯人であることを否定し、代わりに自分が殺人だと権威者に自白した。前者とかなり離れていた真砂の証言では、夫に軽蔑な目で見られ、我慢できなく、気づかない内に、目の前の人に短刀を刺してしまった。その後、自分も自殺しようとしたが、失敗したと悲しげに泣きながら語り出した。

◎武士金沢の霊の観点

     また前者の証言とは違い、金沢は自分の死が自殺しただと答えた。彼は汚れまみれで、逃げた妻に顔があげられなくなり、屈辱感に耐えられなく世からさることにした。彼の縄を解いてくれたのも真砂ではなく多襄丸であり、真砂の生死を決められたのも彼自身金沢であった。

◎杣売りから

しかし、全部話を聞いた後、下人は事実を見抜け、3人誰も真相を婉曲し、話の矛盾の裏には、全員が嘘をついたことを指摘した。すなわち、全ては心理的利己であることを明白にした。そこで、杣売りから驚異できるほど話を聞かせるきっかけが来た。杣売りは実、事件の最初から最後まで目撃し、自分に関わりたくないから検非違使で黙っていた。この話によれば、多襄丸は真砂に汚い手段を使った後、彼女に愛情が発生し、求婚した。侍はもはや妻を別人だとみなし、去ろうとしたが、真砂は決闘を促した。多襄丸は辛うじて武士を殺したが、真砂は彼を断った。最後に残された多襄丸は殺人恐怖に溢れ、その場から逃げ出した。

     黒澤明監督は簡単に映画を終わらせなく、最後またもう一つのどんでん返しを入れ組んだ。下人は子供の着物を盗んだ時、引き止め用とした杣売りに対して、太刀と短刀を売るため嘘ついてるやつはいう権利がない、と指摘した。結局、真相を語る人誰もいなかった。全ては自分の得られる利益のため真理を捨てるしがちだ。

2.感想や分析

◎人間エゴイズム

黒澤明監督の腕のうまさはカメラ目線の設定した技にある。カメラ目線は語り手の主観的の観点を代表した。それらの視線が見られるのは、語る人を完全の陰に囲ませ、真相を写し出させたことからだ。この黒い陰には何か意義がある。陰にいる人たちの話は、自分の視点から見た真相に過ぎず、必ずしも実際に起こった真相ではないと意味する。カメラ目線、陰の裏に意味したのは、全員見栄のために嘘をつき、自分は殺人を犯したことまで、自分を殺したやつは代価を払う必要ないことまでも嘘をつく。利己のために事実を婉曲することは、あらゆる人間エゴイズムである(水口)。

◎女性の位置問題 —  手篭め事件に関する

この映画を観て、私は一番悲惨と感じたのは、真砂が自分は殺人だと自首したことだ。彼女は悪いこと何もせず、むしろ身体的に、精神的にも暴力を受けた。しかし、その時代に生きる彼女は、頭を下げ死刑を受けることを選択した。映画で描かれた時代はもはや原作「藪の中」ではなく映画の公開当時だった(水口2010)。60年経って背景はまだ男性上位の社会であった。その女性の階級は優先されなかった時期はおそらく強姦はまだ存在している。女性の役一人しかいないことは、真砂が女性全体を代表すると意義する。その社会で女性は皆同じく自分で決定することができないが、同時に、男性は個人として表れ、自分の決定、感情を持っている者であった。その上、強姦事件は映画にはっきりされなかったことについて、監督が悲哀を抑えたいからともいえ、他の意味もあるとは言える。女性が強姦されることは、聞き手3人に大したことのないとも述べられる(水口2010)。手篭め事件に対して、関係者の感情は上に述べた通りそれぞれ違った。武士にとっては妻の裏切りに過ぎない。真砂にとっては2段階の暴力、身体的で杣売りにやられることと精神的で主人から怒りだった。杣売りにとって、単に美貌への煽動だった。羅生門で話を聞いた人たちに対しても、単純な事件だと考えられ、誰一人もそれはあかんとの怒りを表さなかった。

それに加えると、多助丸役イメージは、米軍占領の比喩だと言われ(Hutchinson)。真砂は日本の征服を意義し、その上金沢の負けは伝統的の侍、武士が国を守るのに失敗したと意義する。多襄丸の役に米軍のイメージつけることで、日本国民に様々な罪を犯したことも米軍を成功に責めた。多元焦点化をうまく取り入れたことで大評価され、黒澤明監督は日本だけの社会問題に限らず、世界的な問題として鋭く批判した。映画「羅生門」は海外でも影響が響き、ヴェネツィア国際映画祭でグランプリまで受賞した。大成功の映画だと否定できない。

3.結論

映画「羅生門」は人間エゴイズムを鋭く批判し、物事が多角の視点から観察されるべきだという意義を伝えた。人間は自分が得られる利益のため、自分を正当化しようとし、真理を婉曲しがちである。その利益は困窮な時代に追い込まれ、物理的なもの、例えお金でもあり、その利益は他者からの同感、尊敬でもある。「羅生門」は日本当時時代を皮肉的に写し出せた。戦争に破壊される背景で、女性の位置が高く置かれない社会でもありながら、米軍に占領され不自由な社会でもあった。その社会は、生きている個人の主観的な視点を披露することで、腐敗されるとも述べられる。

参考文献

水口紀勢子(2010)「黒澤明監督『羅生門』と母性」《 さらに36語

羅生門

山本太郎さんの封切り前のドキュメンタリー映画『ビヨンド・ザ・ウェイブス』を、NYで特別上映!

今年の4月のこと。NY在住の友人からメールが来た。

山本太郎のドキュメンタリー映画『Beyond the Waves』の上映会をやります」

えええ!

ニューヨークに住んでいても、海の向こうの日本が心配な私は、この企画に飛びついた。

だって、いま日本は、大企業優先で、市民が大切にされないアメリカのような国へと変貌している。

70年以上、美しい第9条の平和憲法を守ってきた日本が、集団的自衛権でいまや「戦争のできる国」へと変わっていっている。

私の祖国が、危険な軍国主義へと後戻りしそうになっていることに危機を感じる。

戦後、平和を維持してきた日本が、軍事国家に堕していくのを見るのは耐えられない。

今もなお、人々の生活を脅かしている核兵器と原発をなくしたい。

そんな思いを抱く私にとって、官僚側ではなく、市民のために声をあげてきた参議院議員、山本太郎は、唯一の希望の星だ。

そんな彼が、外国映画の題材になった、ということにも興味が湧く。

ベルギー人監督アラン・ドゥ・アルーが、日本の政治家である山本太郎を追ったドキュメンタリー映画『ビヨンド・ザ・ウェイブス』を製作したのだ。

配給会社がまだ決まっていない関係で、まだ未公開。

ベルギーで一度だけ先行試写された新作である。

そんな映画を、私の友人は「NYで上映会します」と、まだ何も決まってない時点で言い切ったのだ。

それからが大変だった。

彼女の友人が監督と知り合いだったので、彼女は直々に製作者たちに上映させて欲しいと依頼を出した。

封切り前の作品を、どうやって上映させてもらえるか。

ニューヨークの上映会場はどこにするか。

いつなら可能か。

どうやって上映会の知らせを広めるか。 さらに57語

セレブの小部屋

ニューヨークで見た、樹木希林さんのこと

名女優の樹木希林さんが亡くなりました。

7月に開催された日本映画の映画祭「ジャパン・カッツ」でお姿を拝見することができたのです。

今回「カット・アバブ賞」を受賞され「モリのいる場所」の上映日に授賞式と舞台挨拶にニューヨークにお越しになりました。

さすが大女優、瞬く間にチケットはソールドアウトになりました。

初めてのナマ樹木希林、どんな人なんだろうとワクワクでした。

古くは「寺内貫太郎一家」で、おきん婆さんが

「ジュリーーーー!」

と身をよじるお約束シーンは毎週の楽しみでした。

さてさて、杖を片手に登壇されたお姿はかなり弱々しいというのが正直な印象でした。

確かに最近は全身がんを公表して

「私、死ぬ死ぬ詐欺なんです」

と笑っていらっしゃいましたものねぇ。

ところがQ&Aでは樹木希林節炸裂。

軽妙で辛口ジョークの切り返しで会場を沸かせておられました。

演技についての質問にさらっと「才能」とおっしゃったのもステキでした。

そして

「日本映画はどうなるんでしょうかねぇ」

との一言には、日本映画を案じていらっしゃったのかもしれません。

壇上のお姿とは打って変わって、映画「モリのいる場所」の中ではシャキシャキだったのです。

ひとたびカメラの前に立つと女優って、違うイキモノになっちゃうんでしょうね。

出典:日活YouTube公式チャンネルより

映画は山崎努さん演じる画家、熊谷守一と樹木希林さん演じる秀子夫人の日常。

ユーモラスで淡々とした作品で、昭和がてんこ盛りなのでございます。 さらに51語

おひとりさまが行く!NYお気楽サバイバル日記

キャスト・アウェイ

孤独な映画

キャスト・アウェイ (字幕版)

posted with ぎんでい

トム・ハンクス Paramount 2013-11-26

最近は少女前線(ドールズフロントライン)をやっている。

少前についても書きたくなったら書こうと思うが、このゲームはいわゆる艦これのような周回作業ゲーで、手を動かしながら何かしら見れるため、アニメや映画の消化が捗るのだ。

そんなこんなで昨日見た映画、キャスト・アウェイについてぼんやりとした感想を書きなぐっていこうかと思う。

感想