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日本旅行 首里城 その2

また何か大事件が起きる前に旅行記続きです。

首里城のいくつもの門をくぐり、シーサーたちに睨まれながらやっと正殿前に到着。ちょうど団体さんが途切れた瞬間だったようで、この広い広場もがら〜んとしています。正殿を守っているのはシーサーではなく竜。

と思ったら屋根にはちゃんとシーサーもいた!

真っ赤な屋根瓦の海にちょこんとたたずむシーサー。屋根の上の竜は、目の前のアンテナらしきものを「けしからん!」とばかりに睨みつけているようにも見えたり。

この正殿は以前あったものと同様、木造建築として復元されていますが、多くの建物はコンクリートで復元されているそうです。本殿の正面入口は閉鎖されていますが、確か、この建物の右側にある番所の方から中に入って見学ができます。

正殿内部の玉座。玉座の間というのはもう少し広くゆったりしているのかと思いましたが、そういうわけではなく。玉座にも竜。琉球の王様だけに、「りゅう」。。。

元々琉球は中国の影響を強く受けていましたし、建築にも中国風な香りが漂います。正殿が西を向いているのも中国に敬意を払うためだったと言われていますが、後ろの「中山世土(ちゅうざんせいど)」と書かれた額(復元)は、元々は清の康熙帝から贈呈されたものだとか。その意味は「琉球は中山が代々治める土地である」。戦火で失われてしまったオリジナルの額に何と書かれていたかははっきりしませんが、皇帝の筆跡を真似て復元されたものだそうです。パソコンのフォントのように美しいなどと思ってはいけないんですよね、きっと。。。

鎖之間庭園(さすのまていえん)。向こうの地味な建物は書院かな。玉座の間とのギャップがすごいですが、侘び寂びと言われればそうかもと思ってしまいそうな感じです。岩に張り付いている大きな盆栽様の木がおもしろい。岩の上に小さな花が咲いてたりすると私好みになるのだけれど。

首里城は見どころも多く、おもしろかったのですが、やはり雨が降り続いていたのがちょっと残念。お天気の良い日に琉球の歴史に思いを馳せながら見て回るのが良さそうです。

旅行記

日本旅行 首里城 その1

南城市にあるおきなわワールドで昼食の後、那覇に戻り行った先は首里城でした。那覇のホテルで荷物を預かってもらい、タクシーで那覇空港まで行きそこからモノレール。始発から終点の首里まで約30分でしたが、最後の方は結構な上りになっていました。首里城って山の上だったのね。

モノレールは視点が高いので、町を眺めるのが楽しい。那覇空港駅発なのでスーツケースを持った人もいれば、地元の人たちもまたたくさんです。終点の首里駅からはタクシー。歩いていける距離なのですが、相変わらずの雨だし、ここは贅沢にタクシーです。

さて初首里城。なぜか修学旅行では行っていなかったのですが、ひょっとして再建中だったのかも。元々の城は沖縄戦やその後同地に建設された琉球大学(現在は別のところへ移転)のために残らなかったのだそうです。残っているのは城壁とか基礎部分とかということですから、うーむ。何だか金沢城みたいだな。

もっとも金沢城は戦火ではなく火災で消失したのだし、ほぼ焼けたけれど石川門は残ったし、金沢城はあったけれど、キャンパスになったから破壊されたわけではなくて破壊されていたからキャンパスになったのであって。。。違うと言えば違うのだけれど。再建された新金沢城は、私にはまだちょっと馴染めない感じではあります。

それはさておき首里城と言えば、守礼門。

金沢みたいにどんどこ雪が積もるところでは、降雪で潰れるんじゃないかと思うくらい華奢ですが、人目を引く魅力的な門です。柱の組み方もおもしろい。でも、ここにはシーサーいないのね。。。首里城の中でも最初、1958年に復元されたのがこの門だそうです。

そのもうちょっと先にあるのがこちら歓会門。両脇にシーサーが立っており、ここは本当にお城の門らしい感じです。首里城は元々石灰岩を積み上げた基礎の上に木材の上屋を建設するという、なんと言いましょうか、マヤの神殿と一緒じゃん!的な建物だったようです。いえ、高さとか幅とか、面積とか、違うところは多々あるんですけれどもね。

本土のような火山岩はないけれど、石灰岩に恵まれた沖縄では、建設に多く使われているのがこの石灰岩なのだそうで。1974年復元。

写真ではちょっとわかりにくいですが、右側のシーサーはチロリと舌を出しています。シーサーもやっぱり阿吽なの?いろいろ説はあるようですが、沖縄版狛犬くん、ってことで。

他の門は板葺きの部分が赤く塗られているのですが、ここは色が禿げたまま。その内きっと塗り直すか張り替えるかするんでしょうね、きっと。 本殿まではずーっと上りで、途中から階段になります。えっちらおっちら上って後ろを振り返ると。

おー!あちこちに赤い瓦屋根。遥か彼方には海が見えて、琉球の王様は毎日絶景を眺めていたのですねぇ。

たくさん門を通りましたが、正殿に至る最後の門がこちら奉神門。門をくぐるごとに、どんどん門が立派になっていくような。

入り口の階段のところにある手すりにシーサー発見。

アップにしてみました。この子は、ひょっとしてサッカーするの?

いえ、どうやらサッカーのシーサー代表ってわけではなくて、幸福の玉であるようです。福を呼ぶシーサー。つまり、沖縄版招き猫ってところ?

長くなりそうなので、また続く。

旅行記

日本旅行 おきなわワールド

ここのところいささか睡眠不足だったせいか、昨日も一昨日も早い時間にくーっと眠ってしまったのですが、その甲斐あって?今日は元気です。久しぶりに8キロ走った(一部歩いた)ので脚は結構疲れていたりしますが。今月8キロ、来月10キロ走るようにして、4月の10キロレースの準備です。

さて、再び沖縄旅行の話が続きます。

平和祈念公園で雨に降られた私たちが向かったのはおきなわワールド。昔むかし修学旅行で行った時には、ここは玉泉洞とハブ公園だったかがあるだけの場所だったと記憶していますが、琉球王国城下町とか泡盛の酒造所とかお土産物やさんとかレストランとか、いろんなものが一度に楽しめる場所に変身していました。

時間的にあまり余裕がなかったので、今回は玉泉洞はパス。小僧はここに行きたかったかもしれないけれど、私がうっすらと記憶している玉泉洞は「ヒンヤリとしない鍾乳洞」。そんなのコバン辺りにいくつもあるじゃんか。もっともコバンの方はヒンヤリするし、足元はもっとスリル満点だけれど。

私が気に入ったのは琉球王国城下町。伝統的な家屋を保存しているエリアです。

このお家では三線体験とか三線作り体験とかできる模様。ちょうど、どなたか三線を鳴らしているところでした。家の前にある石は石敢當(いしがんどう)。家に侵入しようとする魔物がこの石敢當に当たると砕けるのだそうで、つまり魔除け。入り口には石敢當、屋根にはシーサー。沖縄って、魔物がうじゃうじゃしているところなんでしょうか。

そう言えば、おきなわワールドの入り口には獅子吼の塔ってのがありました。

他の方が写真を撮っていて、一方で私の連れの方がどんどん行っちゃうので、ゆっくり写真取れなかったのですが。ここには5体のシーサーがいるそうですが、植物に隠れて隠し絵っぽくなっちゃいました。 金沢近郊の人にとって獅子吼といえば獅子吼高原。冬はスキー場、夏は公園やらパラグライダーやらのあるあたりのことで、、ちょっと反応しちゃいます。元々は仏教で釈尊が説法する様が獅子が吠える如しだったところから来たそうですが、本当なんでしょうか。

話が横道にそれました。

おきなわワールドにはシーサーのコレクションもあります。シーサーは表情豊かで、見ていると楽しいですが、私のお気に入りはこの子。

がおーっ。

一生懸命吠えてる感が可愛い。

こちらは入り口付近にあったタコノキ。ちょうど花が咲いている時期だったようでラッキー!雌雄異体な木で、白が雄花、緑が雌花、通常は初夏に花を咲かせるそうです。実はパイナップルに似ているけれど、「食用にする地域もある」程度なのだそうで、お味のほどはどうなのでしょう。

これは付近の写真。サトウキビ畑も見えていて、やっぱり沖縄。

あまりゆっくりと見る時間はなかったのですが、沖縄の主な工芸品はここで一揃い見られるようですし、物によっては体験もできるので、半日くらいゆっくりと見て回るのも良さそうです。エイサーもやってましたねー。

旅行記

日本旅行 雨ニモマケズに平和祈念公園

雨の沖縄。2日目は朝走ってみたというのは以前書いた通りですが、早朝は風は強かったものの、雨は降っていなかったのでした。

しかし夜明けとともに雨。なんのこれしき。雨が降ったって、観光するもん。

最初に行ったのは平和祈念公園です。

広大な敷地の中、足代わりのゴルフカートに乗って一周近くしたのですが、乗っている間に雨足が強くなるという、これは一体何の罰ゲーム。

お陰で折角の摩文仁の丘もこの通り。

昔むかしに来た時は資料館を見た後、この丘の方へ出てきたような記憶があります。それまで沖縄戦についてはほとんど知ることもなかった私でしたが、当時の状況についての資料を見た後に眺めた海の青さに、かえって戦争の悲惨さを感じたものでした。こんな青く美しい海のそばに悲惨な現実があったというギャップの激しさが胸に痛かったと言ったらいいのかな。

しかし、この日はこんな雨。残念ですが、仕方ありません。

反対側を眺めると平和の広場、そして亡くなられた方々の名前が刻まれた平和の礎。この辺りは20年ちょっと前に造られたものだそうです。

雨が結構降っていて、カメラにも水滴ががが。カメラがびしょ濡れにならないように、一生懸命腕でカバーしながら撮影してました。

平和記念塔。ここは遠くから眺めただけでスルー。お天気が良ければ、この辺りをぶらぶらしながら資料館を眺めるのも良かったかもしれませんが。

それにしても広大な広大な公園です。

可能ならば、雨天時用に、もう少し雨宿りのできる場所があると嬉しい。。。と思っちゃったのですが、それってやっぱり「弁当忘れても傘忘れるな」という北陸人から、「雨降ったら止むまで待つ」グアテマラ人になってしまった、ってことの証拠なのかもですねぇ。

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日本旅行 日本のグアテマラ?

あまりにも目まぐるしくいろんなことが起こるため、すっかりご無沙汰になってしまっていました、日本旅行編。思い出したので?また少し続けておきたいと思います。

石川県はドライバーのマナーが悪いと評判が悪いのですが、そうなの?と思ってググってみたら、こんなのを見つけました。

ワロタ。

6の「一番身近な公共交通機関のバスが高いので、中高生はかなりの距離を意地でも自転車で奔走する」ってのは良くわかる。中・高とチャリ通だったこともあり、雨でも雪でも基本はチャリ、休日の外出もやっぱり基本はチャリでした。今でも事情は変わっていないのだね。。。

一番ウケたのが7の「ウィンカーは消耗品なので、もったいないから点けない出さない出しても一瞬」。ぎゃはは。あれはもったいないからだったのか。それでも、私が見た範囲では大抵の人がウィンカー点けてたと思うけれどなぁ。

そしてバスに対するクレームがまたすごい。私が実際に昔乗ったり、最近乗った感じではそんなこと思わないのだけれど、ひょっとしたらそれはグアテマラのバスに慣れすぎたのかもしれない。もちろんグアテマラの路上ではバスの運転手が一番エライんですよ、本当に。幹線道路から300m離れている我が家にも遠く聞こえてくるのはバスのド派手なクラクションくらい。春眠暁を教えてくれるバスのクラクション也。

そんな私達でしたが、沖縄に行ってびっくりしたのが、実は石川を上回る運転の荒さだったのでした。特に車線変更とか割り込みですかね。もちろん皆が、というわけではありませんが、「あら、ここグアテマラっぽい」と嬉しく(?)なった私達親子でした。詳細は先ほどのサイトの沖縄編をご覧あれ。

もちろんそうは言っても、グアテマラの人たちの荒さとは比較になりません。ウィンカーやブレーキランプが切れてる車は毎日見るし、ヘッドライトすらない車やバイクもあったりするので、夜間は本当に目を凝らしていないと危険。ウィンカーは点けない、あるいは点けたら点けっぱなし。車線だろうがなんだろうが、隙間があればとにかく突っ込んで渋滞を余計に激しくしてくれる。時には反対車線にだって突っ込んで、にっちもさっちも行かなくなる。ジグザグ運転はアタリマエ。右車線から左折とか、左車線から右折というのも普通。信号の黄色は「急げ」、赤は「気をつけて通れ」。

ざっと思いついただけでもこれくらい。グアテマラシティの渋滞が酷いのは、ここの人たちの運転マナーにも一因があるのは間違いありません。事故も多いし、飲酒運転も本当に多い。事故にしても、横転したりひっくり返ったりする車も多いけれど、一体どうやったらあんなに見事にでんぐり返りできるの???

石川も沖縄も、本場グアテマラの華麗なテクニックにはまだまだ追いつきませんな。ふっふっふ。

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レトロ・コンチネンタル

コンチネンタル航空と言えば、2010年にユナイテッド航空に吸収合併されてしまいましたが、コンチネンタルの方がユナイテッドよりサービスも機材も良かったので、がっかりしたのは私だけではなかったようです。

現在、私がグアテマラと日本を往復するのにヒューストン経由をメインで使っているのはこの合併のおかげでもあり、あんまり文句を言うのは気が引けるのですが、コンチネンタルがスターアライアンスで残ってくれた方が個人的には嬉しかった。。。

先日、日本からグアテマラへの途上、ヒューストン空港でコンチネンタル航空の昔懐かしい(と思われる)塗装を施した飛行機を見つけました。

B737ですか?時代を感じる塗装です。それにしてもユナイテッドの森にコンチネンタルが一機って、目立つわー。

ヒューストンは元々コンチネンタルの本拠地だったので、特別塗装されたのがいてもおかしくないような気はするけれど、どこ行きなんだろう?

などと思ったものの、他のことをしている間にいなくなってしまいました。残念。

ちょっとググってみたところ、このレトロ・コンチネンタル、2016年に塗装されたレア物らしい。ってことは見れただけでも超ラッキー(乗れたらもっとラッキー、だった?)

というわけで、こいつは春から縁起がいいぞ。

いやグアテマラは常春の国だから「春から」って言葉には疑問がありますが。

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日本旅行 野々市の新図書館

用事を片付けていたらもう寝る時間になってしまったのでさささささーっ(ゴキブリか)っと。

昨年、実家の近くに新しく図書館がオープンしたそうです。

野々市市民向けの図書館らしいのですが、その名も「学びの社ののいち カレード」。聞いただけでは一体何のことやらさっぱりですが、「文化交流」「地域交流」の拠点という位置づけらしく、市の委託を受けた特別目的会社(SPC)が運営を担当しています。

建物の設計・建設もSPCがやっているのだそうで、ゆったりと広い敷地(元は養護学校だった)に、窓が大きく、寒い地域向けではないけれど日本人の好きそうな(!)建物が出来上がっていました。

名前のカレードは「カレードスコープ(万華鏡)」なんだそうです。「万華鏡のように常に形を変化させるが、常に美しい」。この無理矢理な屁理屈、勘弁して。どうせなら公募でもしたら良かったのに。私なら「じょんから」にしたいなぁ。地元の民謡であり踊りである文化であるじょんから、ここで使わずにどこで使うの。横文字がいいというなら「ジョン&カーラ」。これだったらカレードの方がいいか。

それはともかく、まだ新しいこともあり、蔵書の数は多くありませんが、冬の寒い日など、ここへ暖を取りに来ている人もいる。。。かもしれません。ちらりと寄っただけですが、正月休みの時期でもあり、多くの人で賑わっていました。

上の写真、のっティが止まってますが「運転練習中」でした。

中は2階建てで自習スペースあり。屋根が高く広々とした空間で気持ち良し。おにごっこしたりして遊ぶと楽しそうですが、きっとしちゃいけないんでしょう。

貸出は貸出機でピッピッピッ。便利だー。市民じゃない私には貸し出ししてもらえないようですが、何かあれば爺婆に借りてもらえば良いしね。

実家から徒歩5分。美味しいケーキのある喫茶コーナーもあります。

もし実家に住んでいたら、日がな一日入り浸っていそうだな。

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