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3分钟了解为什么斗湖那么多钻石王老五!

斗湖2018年全年人口到底有多少呢?

斗湖市景(图片取自Lawrence Tsen)

总人口:501,700人

男性人口:264,000人(占总人数之52.62%)

女性人口:242,700人 (占总人数之47.38%)

所以,王老五们,单身真的不是你的错!错就错在斗湖阳气太盛!或许可以尝试到外边寻找另一半,再带她回来充实一下斗湖人口!

出生人口:5,672位(男:2,917人 ; 女:2,755人)

死亡人口:1,383位( 男:838人 ; 女:545人)

斗湖大医院

那么,斗湖2018年的医疗卫生又如何呢?

医院:2所

医疗所:75所

医生人数:409位

*换言之,每一位医生平均需服务1,239名市民!

斗湖育进公学

接着,斗湖2018年的教育又如何呢?

小学:60所

小学教师人数:1,608位

小学生人数:2,1105位

中学:21所

*换言之,每一位小学教师平均需服务13名小学生!

斗湖政府中学

中学教师人数:2,317位

中学生人数:2,8756位

*换言之,每一位中学教师平均需服务12名中学生!

数据来自马来西亚国家统计局(Jabatan Perangkaan Malaysia)

    

斗湖资讯

帶孩子「貼地」學英語:西貢體育會英語體驗營

英語是聽和講的音節韻律藝術。即使一向不熱衷送小孩上這班趕那課,媽媽我還是希望孩子小時候學會語音拼讀(phonics),免得大時串字要死記硬背那麼苦喔。

有一次送三歲小兒子阿一少爺到課室裡上拼讀班,好動小子不像家姊澄澄可以安坐享受課堂,沒過十分鐘,他如坐針氈似的在房間裡轉來走去,好不容易抓住了,又嚷著要出去玩。那一小時,對我和他以及老師來說,都有點漫長、有點難捱。學英語拼音一事,暫且作罷。 さらに24語

遊玩

(联合早报专拦) 二十年节令鼓

● 陈再藩 (2008-05-12)

● 陈再藩

  一转眼, 二十四节令鼓二十岁了!

  古人二十而冠,是成人的标志。

  二十岁的廿四节令鼓,也在马新两国及远东中华文化圈走出了一番曲折和热闹。

  回首来时路,我和原创廿四节令鼓原始演艺模式的音乐家陈徽崇,都能随手抓起一把统计数字和情感符码。

  去年中秋前,我们在新山柔佛古庙把催生节令鼓的文化理念及成长纪录呈给马来西亚副文化艺术部长,希望节令鼓能紧随高桩舞狮,“登录”于被高处不胜寒的马国国家文化遗产名单。

  整理国内外廿四节令鼓的资料时,才发现马国鼓队数量过百,打过鼓的学生超过一万五千人。在岛国新加坡,竟也成立了近十五支鼓队,其中还包括德乐中学那支拥有非华族学生的全女生二十四节令鼓队及南洋理工大学队。在台湾,廿四节令鼓常以个别的演艺名目与型式被编入小学的亲子鼓队,而非独立的廿四节令鼓队,如此包含节令鼓项目的队伍据说超过了十五支。

  在中国大陆,首支鼓队为马来西亚留学生于福建泉州华侨大学创立,十一年后,已发展为马国学生及中国学生各一队。湖南炎陵县中学队于2005年成立,其表演当年被纳入国家级炎帝陵祭祀仪式中。北京大马留学生会则于2006年成立“南击手”节令鼓队。

  今年,年至加冠的廿四节令鼓喜讯连连。首先,它被编入马来西亚华文小学六年纪课文中,正式进入了华文教育体系,也许,今后马国向广东订购的水牛皮单面狮鼓,会出现更多的“可爱”尺码。另一个突破,绝对是天大的惊喜,那就是年初潮州电视台来马国拍摄春节《马来西亚探亲行》之后怀上的“喜”:电视台准备成立潮州首支廿四节令鼓队了!

  4月21日,奥运火炬在吉隆坡展开传递仪式,中国中央电视台将默迪卡(独立)运动场内一支助兴表演的小学节令鼓带进了中国千家万户的电视屏幕里。不久之后,中国另一家电视台通过驻马国中国大使馆,联系上了宽柔廿四节令鼓队。也许,不久之后,一个追索中华文化在海外繁衍创生的节目,就是由吉隆坡崇文小学的小不点鼓手所擂醒的。节令鼓与奥运火炬的鼓舞同行还不只一单,泉州华侨大学节令鼓队早已在博客上欢欣鼓舞,因为,5月12日他们会在泉州海峡体育馆为奥运火炬擂动擎天的鼓声!

二十岁的节令鼓有了这些不平常的喜事添福,戊子年肯定是个里程碑,但距离未来的三十而立及四十不惑,恐怕还得在“鼓舞”和“鼓乐”之间进行更深层的艺术摸索与钻研,否则,只靠外显的节气刻背和雄浑大气的鼓阵雷动,节令鼓恐怕不容易摆脱其过重的仪式性角色。吉隆坡的“手集团”专业敲击乐团,近年来终于示范了一个渐具雏型的成功模式。其欢乐成串的学校节令“鼓舞”《响宴》及专业鼓手之“鼓乐”《鼓疯》,都能在吉隆坡表演艺术中心(KLPAC)一而再再而三地成为常年演出项目,既叫好也叫座。

  廿四节令鼓,从诞生于新山到发展至国内外,其二十年岁月,是一个出乎意料的文化传奇。

  我近日翻出几首诗人好友二十年前看鼓听鼓之后的作品,已故老友游川的《口占》如此写:

我的低吟太寂寞我们才狂诗

要倾出世间三千不平事

你的浅唱太凄清我们才高歌

要掀起江河千古的风波

他的心声太沉重我们才擂鼓

要激发生命壮烈的脉搏

我的诗 さらに6語

廿四节令鼓

节令鼓编入马来西亚华文小学六年级课文中

自2008年开始,节令鼓编入马来西亚华文小学六年级课文中

廿四节令鼓

連絡網

もう一つプログラムの中で行ったのが、連絡網作りです。

里子達に訪問の日にちなどを連絡する際、これまでは現地担当者が1人1人連絡をしていたのですが、もちろん電話の無い家もありますから容易ではありません。それで、子供達をグループ分けして、担当者はグループのリーダーに連絡を回し、そのリーダーがグループメンバーに伝言する、という形を作ってみました。

里子達は学校だけでなく学年も様々なので、1人1人同じ伝言を次に、また次の子がその次に伝えていく、という形式は難しいと考えました。それでグループで一番年長の子に全メンバーへの伝言の責任を任せる事にしたのです。

カンボジアには連絡網という習慣がありません。子供達にも目新しい事になりますので、リーダーのモチベーションを少しでも高められたら、と、名簿の作成には可愛いデザインの便せんを用意しました。普通の白いコピー用紙では何かに紛れて失くしてしまっても困りますから。

これまで受動的に待つだけだったのが、リーダーにおいては責任を与えられるようになったわけです。今の所、グループリーダーはたくさんの里子のうちの数人にすぎませんが、責任感というものを培う良い機会になって欲しいと思っています。実際、グループ内で最年長でなくても 「やってみたい!」と手を挙げてくれる子もいて、頼もしいと感じました。

連絡網が機能するようになれば、ただの日程のお知らせだけでなく、関心がある子はどんどん別の活動に参加してもらったり、もっと積極的に里子達と関われるようになると期待します。

カンボジア

12月の結果

里子訪問での国語プログラムは、しりとりと描写ゲームでした。

しりとりは大半の子が2回目とあって要領を得ていたので、今回はスムーズに進んでいました。カンボジア語は言葉の最後の文字だけを使って次の言葉を作るのは難しいらしく、最後の音節をつなぎ合わせていきます。

こちらには2音節でできている言葉を前後入れ替えても意味を成す言葉があるらしく、そのような答えが出ると笑いが起こっていました。日本語で言うと「会社」→「社会」という感じでしょうか。

1語で答える子もいました。スイカ→蚊→からす→酢→すき焼き→木のような感じですね。

描写ゲームでは、チーム対抗で1方がお題を説明し、もうお片方が当てます。意欲的な子は1人でたくさん発言していましたが、あくまで描写の仕方や表現を考える練習としてのゲームなので、チームの子達が全員1人1人何か考えて発言できるよう配慮しました。

最初は遊び方の説明通りにお題についてヒントを出していましたが、すぐに当てられると面白くないので、子供達は徐々にお題のヒントの出し方 (表現の仕方)をより深く考え始めました。例えば虎は、色を言ってしまうとすぐにわかるので、「大きい、強い」などの後 なかなかヒントが出てこなかったようです。

しかしながらこのゲームはお題を当てると嬉しい、という要素があり、どのチームも盛り上がっていました。普段の生活の中でもこのような考え方を取り入れて欲しいと期待します。楽しんでやってくれるゲームのようなので、今回は物の描写でしたが、次回は動作を描写するなどレベルアップも図れればと思います。

カンボジア

So long, farewell. Auf Wiedersehen, goodbye/Mayi

我好像絕少在此提及我的工作。然而過了昨日,好像又要離開我的崗位一段不知多長的時間,有些說話、感想,還是很想吐露出來。

我2007年入行,先在中學待了幾年。最後一間中學和我分手得極難看。我還記得因為我要執包袱了,最後一次觀課要提前進行。事後我坐在一個隱蔽角落的梳化上,在崔老師面前流淚。崔老師在教育學院專教中文教學,是恩師,不論職業還是人生都啟發了我很多。她就是冷面熱心的那種老師,她遞上紙巾安慰說:「同學,此處不留人自有留人處,再者你根本不適合教中學。」

我聽到「不適合」已經哭得更厲害了。她還是很冷靜的說:「對啊,不適合。你性格不適合、教法不適合。可是教育不僅限在中學吧?」

「叮!」一聲,這邊關了門、那邊開了一扇窗。女兒出生後我就到夜校工作了。因為要照顧子女,我不可能全職工作了,只能兼職,這樣才能兼顧家庭和工作。夜校是一個神奇的地方,我遇見很多比我人生經驗更豐富的叔叔、嬸嬸,好像很老土但實情真是:年青時要養家輟學,現在家庭責任完了,有空閒便來學習、補償過去。也有一些是為了轉工、升職,必須符合某種資格,而來上課備試。

正常老師都是日出而作日入而息,我卻是日入而作。放工回家都十一、二點了,像一個灰姑娘。夜校教會我做一個更寬容的老師-每個人都各有前因,學歷低不一定因為他不努力而是因為其他不可抗力。在中學教書時我是會罵學生的,怪他懶散、怪他不負責任….. 如今不會了,見過很多夜校學生之後,心態徹底變了。

之後我又轉了工,到現在工作的機構。我是很幸運的,因為機構給我的職銜、薪金、自由度都很高。上司很不錯,極包容我的時間(要知道全職媽媽的空閒時間真的很難遷就)。今年我只教一班、一個學期,因為下學期要移民了,不希望未完學期便走,不好意思給麻煩機構。我發現機構很喜歡我教體育的男生,就是每一個都長得比我高、說話大大聲、間中不小心爆粗的男生;當然也有女生,不過來自其他主修。這個學期就抱「最後一班」的心態,好好睇睇的,教他們。

昨日最後一班都考試了,我們應該不會再見了。每一個學生離開時,我都好好叫一次他們的名字,揮手說再見。我不知道他們能從我的課室帶走什麼,如果他們中文知識豐富了我當然高興;但如果我有些特質能感染他們、改變他們對老師的刻板印象,我會更高興。

離開教席我是極不捨得的,我跟外子說明過我的不捨,我不捨得要再再再一次(第三次了)為家庭而放棄工作。然而他好像不太了解,更遑論會感激我的犧牲。人生就是充滿取捨,家庭和工作,我這個年紀、這副身世,是不能選擇後者了。

所以我希望我的學生,趁年青就好好的盡情的過,因為你們現在是最自由、沒有牽掛的時候。喜歡攀石的請你盡情攀石;喜歡越野單車的請你盡情攀山越嶺;喜歡追星的請你繼續追星,最好認真去學習韓文,那可能開創你之後的人生。我也迷茫過、行過不少冤枉路,才在現在的職位上遇到你們啊。

希望你們每一個都過得幸福快樂,前程似錦。我會永遠祝福你們。再見。

生活