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玩具店

當媽媽前朋友已經預告我,有了孩子後東西是幾何級多起來的,買東西前要想清楚,特別是玩具。

「幾何級多起來」這概念對新手父母來說很抽象,直到有了孩子後才慢慢體會到物件的威力。聽取朋友意見,買玩具給兒女時都會比較慎重,但是家裡的玩具數量還是與日俱增,房子轉眼間便變成小型遊樂場。

某年在香港,妹妹說要帶兩個外甥買玩具,一行三代人,浩浩蕩蕩的操進大型玩具店,小兒很快便挑了一個機動恐龍,肯定的抱在手裡等著在慢慢挑的姐姐。等候期間當舅舅的二哥發現另一款有趣玩具要買給他,小兒直截了當的說:「一個就夠了!」 怎也不肯要第二件,媽媽和二哥對他的反應感到驚訝,那時他還不到四歲。

每年生日和聖誕節兩個孩子會把願望寫起來,我跟外子都會盡量滿足他們的要求,女兒多數要書或益智遊戲;兒子則是玩具車、模型等等,按兒子的說法就是些「好勁嘅嘢」。

兒子看了電視廣告,想要一艘海盜船,我跟他說可以買來做他五歲的生日禮物,於是帶他到百貨公司看看實物,以確定是他想要的。兒子對海盜船一見鐘情,拿著目錄冊回家,很安心的等待著生日,但那是三個月後的事情。

此後每逢路過這百貨公司,我們都會到玩具部看看那艘海盜船,看飽了就帶著他的心願滿足的離開,前前後後不知看了多少回。那年兒子的生日是在星期一,之前的一個星期六我們又來看一回,心想星期一要上班比較忙,不如今天就買了,可以省回時間,況且能夠提早拿到禮物,小孩一定高興。誰不知兒子不願意,一定要等生日當天一起來買,任憑我怎樣引誘他,他也不願意。好傢伙,我也佩服你!

小時候擁有的玩具不多,印象最深的兩款玩具是一盒波子跳棋和一盒釣魚遊戲。

還記得這兩盒玩具是在中環的大華國貨公司買的。

那天實在是罕有的一天,爸媽工作忙碌,能夠一家人一起逛街已經離奇,到了玩具部,我們以為跟慣常一樣,看一下便回家,不知為何爸爸竟然說可以挑選玩具,而且一買便是兩盒。那天爸媽心情特好,回家後我們四兄弟姐妹和爸媽一起玩了很久,那是我童年印象中特別快樂的一天。

玩具!玩具!勾起我好多回憶皆因兩件事:

著名的玩具大型連鎖店「玩具XX城」在2018年3月15號宣佈把美國八百多間零售店結束,世界其他地區的零售店則轉賣出去,七天後玩具店創辦人Charles Layarus在3月22日逝世。

平常坐地鐵上班都會路過一玩具老店,幾星期前發現他關門了。我下車拍下幾張照片做紀念,看一下貼在櫥窗上的告別文,才知道這店是有七十年歷史的小型家庭生意,繼承父母生意的店主作這決定時一定很難受,還有告別文是寫在3月31日。

時代在變,只能接受。

不知道現在的小孩子還會不會玩拼圖遊戲、積木、煮飯仔、水槍、吹泡泡、大富翁等等,或許將來要在博物館才可看到這些玩具了。

釣魚遊戲,女兒兩歲時生日禮物,跟我小時候玩的差不多。

波子跳棋。X年前從故鄉帶來,盒面還有價錢貼子,十一塊半港幣, 結合不到1.2歐元。

   消失的玩具老店。

不難想象,店主寫此簡單旳告別文時,心情是何等複雜。 さらに7語

少年十五二十時

幾年前我還在讀《足球小將》漫畫作睡前故事給兒子聽,昨天這小子竟跟我談起平行宇宙、討論TuPac歌詞的隱喻,還跟我說生命其實只是一場巧合。

「你怎麼證明我們現在不是在做夢?」兒子說。

「我們最後不是都要死!從出生到死亡其實發生什麼事情都是無所謂的,最後都是散掉。」年少輕狂,好大口氣呀!

或許你是對的,生命可能只是一場巧合,因為宇宙本來就是空蕩蕩,無底黑暗是他的本性,生命不知從那裏跑了出來。但是生命也是一段曲子,我們生存不是什麼都不做便跳到最後那個和弦。我們會說玩音樂,英語會説 play the music、play the piano,德語也是Klavier spielen,可見各處人家意見一致。從出生的第一個音符到終結的那個和弦是玩出來的,好一個「玩」字,道出生命該是充滿樂趣,這是Eckhart Tolle 對生命打的一個比喻。

生命也可以是一場舞蹈,從開始到完結,時快時慢,旋轉、跳躍、或輕或重的舞動,變化出無限的動作組合,獨舞、群舞自由選擇。當然你可以選擇從頭到尾獨自站在台上不動,若這是你有目的選擇,旁人也不能左右你,過程感受是自己的,這個實驗作品完成了,下個作品又嘗試新玩意。

創作人生,不為結局,順流而去,享受過程。

国語を学べばオムレツが作れるようになるか?—「全国学力・学習状況調査」のお話。—

先頃、平成30年度「全国学力・学習状況調査」が実施され、その調査問題が正答例とともに公表された。「全国学力・学習状況調査」は毎年4月に原則として全ての小学校6年生・中学校3年生を対象に行われ、メディアなどでは「全国学力テスト」「全国学力調査」と言い習わされている。

調査は国語、算数・数学、理科の「教科に関する調査」と学習環境や生活に関する「質問紙調査」の2つからなる。今回の小学校6年生対象の「国語A」の調査問題にはオムレツの作り方が書かれた文章を読んで問いに答えるという出題があり、家庭科関係者の目を引いた。

「オムレツ問題」の構成はとてもシンプルで、はじめにオムレツの「材料」「作り方」「ポイント」(以下、オムレツのレシピ)が示され、オムレツの色むらが気になる「山本さん」と焦げ目が気になる「川上さん」が失敗しないオムレツを作るためには、それぞれレシピのどの部分に着目して読めばよいのかを考えさせるというものである。「山本さん」は黄身と白身をよく混ぜるための指示が書かれている「ポイント」を読む必要があり、一方「川上さん」は火加減に注意するため「作り方」を読めばよい。したがって正答はそれぞれ「5」「3」ということになる。

ところで、この問題を一見して筆者が持った感想は

初心者が読むレシピとしては不親切なのではないか?

ということである。

まず、作り方に挿絵や写真がほとんどない。言うまでもなくオムレツの調理には短時間のうちにいくつかの動作を連続して行うことが要求されるので、それぞれの動作について図解されていることが望ましい。しかし、挿絵は申し訳程度に添えられた完成図1枚と調理中1枚の合計2枚のみで、しかも調理中の挿絵は6段階ある調理操作のどれに対応するのかが明示されていない。

それから、記載された順序も不可解である。「卵をよく溶きほぐすためには泡立て器を使う」という最初に述べるべきことが、最後の「ポイント」にしか書かれていない。これでは「山本さん」が見落としてしまうのも無理はない。

そして最大の問題は用いられている語句がわかりにくいことである。「火が入る」「半熟状」「むら」「卵のとじ目」といった慣用的な表現は、料理に関しておそらくは初心者(であるか、少なくとも熟練者ではない)の「山本さん」と「川上さん」が独力で調理をするために読むという前提からすると不自然で、問題に解答する立場の小学校6年生にとっても意味が推測できて当然とは言えないのではないだろうか。

実は、このレシピの出典は解説資料に示されている。それによれば「ホテルニューオータニ監修『本当に旨いたまご料理の作り方100』(2016年11月 イカロス出版株式会社)などを参考にした」とのことである。この料理書の「黄金オムレツ」のページをみてみよう。

「全国学力・学習状況調査」で出題されたレシピと、その出典となった料理書のレシピの主な違いは次の2点である。

  1. もとのレシピは、調理操作の各段階に対応した写真が挿入されているが、出題されたレシピではそれらが省かれている。
  2. もとのレシピには、「作り方」の前の「準備」の段階で色むらを抑えるために泡立て器を用いることが推奨されている。しかし、出題されたレシピではそれが「作り方」の後の「ポイント」に書かれている。

このように、もとのレシピと問題文を見比べると、そもそも初心者向きではないレシピ(章扉に「非常に高度な技術を要するものもある」とある)をさらに理解しがたく改変しているということがわかる。どうりで違和感を覚えたわけである。

これだけではただの難癖なので、小学生が読むのに適したレシピはどのようなものなのかをもう少し考えてみたい。それを知る手がかりは小学校の家庭科の教科書にある。もっとも家庭科の調理実習は必ず教師の指導のもとに行われるので、今回の「全国学力・学習状況調査」の問題における場面設定とはやや異なるが、参考にはなるはずである。

卵の加熱調理は、小学校家庭科において常に必修の題材であり続けてきた。しかし現行の教科書には残念ながらオムレツのレシピはない。そこで、オムレツのレシピが掲載されている平成8〜13年に用いられた教科書をみてみよう。完成度はホテルニューオータニには遠く及ばないかもしれないが、用語は平易、文章は簡潔で手順の全ての段階に挿絵が描かれている。

さて、小学校国語科の学習指導要領に示された第3学年・第4学年の「言語活動例」には「記録や報告の文章,図鑑や事典などを読んで利用すること」がある。現代人が料理をするためには「読む能力」は不可欠である。しかし、料理のレシピは(ふつうは)「読む」だけでなく「利用」することにこそ価値があるからして、わざわざ作為的に複雑にしたものを読みこなす必要はない。なるほど、巷に溢れるレシピは必ずしも平明ではない。もし悪文を読む能力を求める、あるいはそれを測るという意図があっての出題ならば、そのようなレシピをそのまま引用すべきで、見せかけの真正性は無益どころか害悪でさえある。

そこで、社会的レリバンスという観点から出題すべき料理の作り方に関する文章の適切さを考えるとき、(初心者向きの料理書はもちろんのこと)家庭科教科書のレシピの文章表現の幅や想定する語彙知識の範囲は一つの手がかりにはなるのではないだろうか。

蛇足ながら、筆者はあくまで目安として家庭科の教科書を挙げたにすぎず、家庭科の教科書を理解できるようにすることが国語科教育の目標だとか、ましてや教科書を読んで料理を作ることができなければAI(人工知能)に仕事を奪われる、などと教科書を絶対視するつもりはいささかもないことを申し添えたい。

教育

奶咀難戒?電子奶咀仲難戒!

早幾日夜晚出去食飯,見到隔離枱一家四口,得父母係食緊嘢,其餘兩個小朋友(2 – 3歲)都拎住部智能電話睇卡通片同打緊機;反觀我哋一家三口,就父母係㩒緊電話⋯⋯

自從智能電話興起同普及,真係3歲到80歲都識用。連啲BB爬行大賽,家長都係用智能電話開套卡通片嚟引 BB 爬去終點,就知道電子產品嘅威力。

0 – 2 歲係嬰幼兒發展嘅黃金時期,我哋要 BB 喺瞓覺以外僅餘嘅時間開始探索,同佢溝通多啲,先可以啟發全面嘅健康成長,幫助佢將來喺學習、思考同社交幾方面嘅發展。所以喺 2 歲前,盡量唔好俾佢哋接觸電子產品。無錯,隨手拎起個電話俾小朋友就可以好快安撫佢哋,樂得耳根清靜一陣,但對長遠發展就會有影響,例如慣咗用電子產品唔食飯,變成依賴其他人餵,食得太飽或者太少都唔知;而且自己一個㩒電話,喺社交互動、語言發展、身體語言絕對會有影響!

2 – 5 歲嘅小朋友亦應該限制每日用電子產品嘅時間,最好少過 1 個鐘。而呢 1 個鐘頭唔係玩遊戲或者睇片,而係要有互動同有教育意義,當然父母亦都要喺隔離睇住啦。

如果唔好彩,你嘅小朋友已經對電子奶咀上咗「癮」,要開始着手處理喇!例如佢哋扭計要玩電子產品,就特登唔好理佢,俾段時間佢冷靜,有其他活動可以分心就仲好。亦可以講明一段時間或者劃出一個地方作為「電子產品禁區」,慢慢養成良好習慣。

小朋友扭計就拎部電話去氹佢係好方便,但久而久之慢慢變成唔俾部電話佢就扭計,何必呢?所以千祈唔好貪一時方便,學老人家話齋:「而家啲小朋友好精㗎!」我都係收返埋部電話先。

育兒

哪來無風起浪的本事?

今時今日的香港,一些事實,都要動員大聲呼喊三次、換個 facebook 頭像力撐、拍片痛斥才能凸顯事實原來是事實。我本來就不覺得「我的母語是粵語」是一件有甚麼好討論的事,我甚至從沒有想過它重要不重要,因為它早已是我身份的一部份,不是什麼權威說一句話便能夠否定。就如「媽媽是女人」這等事實,我們有需要引經據典、勞師動眾開個記者招待會收集意見討論一番嗎?

看見有人被問到她的母語是什麼,竟會煞有介事地支吾以對,那不到我管;自己的架自己丟,對她來說有甚麼緊要得過時刻安守著當奴才的本份?但當聽見她反過來說:「教育界是無風起浪。」我便不禁反了幾次白眼。

沒錯,最近被多次引用的文獻只不過是一系列文件的其中之一,但在眾多的相關文獻中,教育局偏要包括一篇舉證粵語並非母語的論文刊登,目的何在?那些說是為了讓公眾從不同角度看問題的人,不過在狡辯。一些無可置疑的事實,無端去強迫別人從多角度思考,根本是多餘的 — 除非有人希望逐少逐少將現實扭曲或試圖篡改歷史,那當然另作別論。對於這些鬼鬼祟祟的舉動,一旦發現,我們當然要大聲斥責;到底是無風起浪還是有人作賊心虛,市民心裏自然有數。

有聽過荷蘭小男孩用一根指頭拯救了整座城市的故事嗎?

有一天,男孩帶著弟弟跑到距離村莊很遠的堤壩那處玩耍。他們兩人在花叢間追逐,玩得忘形之際,弟弟指著堤壩的一處說:「哥哥,你看這邊,多有趣!有小氣泡冒出來呢!」男孩一聽,覺得不可能,一座守護城市的巨型堤壩怎會有容許氣泡冒出的裂縫?於是他跑過去看看。細看之下,果然見到一個約指頭般大小的洞,小水泡噗嗞噗嗞地跳動。

男孩想,這下子不得了,如果坐視不理,堤壩後的水壓龐大,一定會將洞口越弄越大,後果不堪設想。男孩於是將手指頭按著洞口,讓洞口暫停漏水。然後他著急地叫弟弟趕快跑回村莊,告訴大人堤壩快要塌下了!

兩、三小時過去,男孩仍未見弟弟的影蹤,自己的手已被慢慢滲出的水浸得冰冷;他快支持不住了。他在快要倒下之際恍惚聽到一把聲音:「我是大海,你只是個小孩。你認為可以跟我鬥得過嗎?」男孩不放棄,忍耐到營救的人來到,將堤壩修好,村莊避過一劫。

我們身處的制度,已經不是一座完好無缺的堤壩,這邊有人努力興建修補、亦有人在盡情破壞;而另一邊的巨浪咄咄迫人,從堤壩的百孔千瘡中漸漸滲透。所以我們要時刻警惕,不要低估任何一道裂痕能造成的破壞力,更不要嘲笑那些天真地嚐試用指頭防止裂痕擴大的同伴。因為當洪水來臨,我們都承受不起。

誰不想過一些風平浪靜、可以風花雪月的好日子?但事實是,教育界每天依然呼吸著學童自殺、教師壓力、過份操練等問題帶來的的負面氣色,還要跟無窮無盡的歪理抗衡,根本就等於天天身處風眼之中,敢問我們哪來無風起浪的本事?

文:Ms Yu,八十後教師,相信一切源自教育。

文首圖來自《眾新聞》

教育

【生命教育】幫助我們的孩子看見更大的世界|林秋霞|輿論

「幫助我們的孩子看見更大的世界」───全港首個兩岸三地生命教育論壇成果分享

「到底我們想教出怎樣的孩子?」

「看見舞台才會知道自己是人才。」

「從:要我做,到:我要做。」

「你為何不教孩子甚麼是快樂?」

「幫助我們的孩子看見更大的世界。」

以上節錄自台大電機工程學系教授葉丙成,以及台中南投縣爽文國中教務主任王政忠的分享。

21世紀的教育應何去何從?

自2015年9月新學年至今,本港共有接近80名學生輕生,兒童及青少年的情緒健康問題令人憂慮。根據2017年全港最大型的情緒健康普查結果顯示,每兩個便有一個中學生受抑鬱困擾;每七名小學生就有一人出現抑鬱及嚴重抑鬱徵狀,數字令人震驚。與此同時,在新學制下,教師工作不勝負荷,壓力瀕臨爆煲,教師更是患上情緒病的高危族群。可見,本港師生的精神健康相當值得關注,這亦反映在港推行重視個人成長、身心健康的生命教育之重要性。究竟21世紀的教育應何去何從?究竟教育應如何培養社會需要且擁有幸福人生的下一代?

為凝聚教育工作同心思考教育的本質,並促進本港生命教育及創新教育的發展,循道衛理聯合教會於2018年4月27至28日 (星期五、六),以「教學創新蛻變  同心塑造生命」為主題,舉辦全港首個「兩岸三地生命教育論壇」。

政府強調生命教育的重要


論壇對象包括全港所有中小學教育同工、兩岸三地生命教育工作者、政府及非政府教育機構代表、家長及公眾人士,兩天參加人數約共1500人。政務司司長張建宗太平紳士出席了4月28日的論壇,並擔任主禮嘉賓,他表示教育是特區政府最重視的議題,教育的開支歷年來是政府各範疇中最大的投資;而且是次活動的主題圍繞的正向思維、尊重生命、抗逆能力等,對現今社會而言,是「極之重要」。他亦指政府致力推動全人教育,透過學校推廣正面積極的人生觀,加強學生面對逆境的能力,建立珍惜自己、關愛他人和環境的信念和行為,為自己的學業和人生建立目標和理想,貢獻社會,造福人群。

是次活動邀得14位來自本港、內地、台灣及馬來西亞、在推動創新,並在生命教育兩方面具代表性的專家到港參與論壇,包括台灣教育改革及翻轉教育的重要推手───台大電機工程學系教授葉丙成先生、台灣明星教師王政忠先生───電影《老師,你會不會回來》原型主角、台灣三大教學獎唯一得主等。

兩天出席論壇人數約共1500人

 

創新及生命教育專家的啟發

葉丙成教授擔任專題講座的講員,題為「新時代的教育新思維」

論壇設兩個專題講座 (早上) 及十四個分題工作坊 (下午),讓教育工作者從宏觀理論及微觀操作兩方面,拓闊教師的教育視野、滋養教師的生命及燃亮教育熱誠。論壇凝聚了本地有心有力的教育工作者,除進一步深化生命教育的發展外,亦藉此共建分享學習的文化。

台灣教育天王同台演出

教育

日本からの輸入

シリーズ「ケイザイ」です。

というか、輸出をやったら輸入もやらないとバランスが。と思ったので、やはりグアテマラ中央銀行の2017年のデータから拾ってみました。

対日輸入額はによれば、対日輸出額はトータルで$269,648.3千ドル、$116,206.7千ドルの対日赤字です。

No. 輸入品 輸入額(千ドル) 1. 自動車 154,469.20 57.29% 2. 鉄鋼 75,365.60 27.95% 3. 電子製品 9,447.60 3.50% 4. タイヤ・チューブ 8,334.00 3.09% 5. 化学製品 5,791.30 2.15% 6. 医療用品 5,549.50 2.06%

ここまでで全体の96%超。家電、音響機器、通信機器合わせても228千ドルと全体の1%にも満たないのはちょっとショックです。グアテマラはこの部門、アメリカと韓国が強いのかな。。。

トップはやっぱり!の車(多分バイクもここに含むんでしょうね)でした。タイヤも入れれば全体の60%と他をブッチ切っております。日本車とは言え、日産はメキシコ工場のものが入ってきているので、この表には含まれていないはず。それ以外のメーカーは多分日本からではないかな。

グアテマラの場合、主な輸出品は農産物、輸入品は工業品なので、基本的に貿易は大赤字。その赤字を埋めているのが、アメリカへ出稼ぎに行っている人たちからの送金です。なので、トランプさんが不法移民を片っ端から本国へ強制送還しちゃうと、グアテマラの経済は沈没しちゃうのでありますね。

2017年のグアテマラ向け送金額は8,192,213.1千ドル。日本向けの輸出・輸入を合わせた貿易額を軽やかに超える額だったのでありました。

最大の取引国はアメリカ、次いで中国、それからメキシコで、アメリカからの輸入額は7,317,344千ドル。グアテマラって、移民からの家族宛送金なしには成り立たない国だったのか!

なんてことをあらためて思い知ったのでありました。

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