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ノート~第45代アメリカ大統領トランプ氏、就任演説でのシンプルな英語表現を学ぶ。

昨日、第45第アメリカ合衆国大統領に就任したドナルド・トランプ氏。このエントリではその演説内容の是非はいったんペンディングとし、彼のわかりやすいリズミカルな英語スピーチを一種の「英語教材」として味わってみましょう。(ニュース番組で聴きとった演説の英語を記載し、日本語訳を併記します。文責:海上)

===(トランプ氏、1/20大統領就任演説より抜粋)===

We’re transferring the power from Washington DC and giving it back to you, the people.  (われわれは権限をワシントンD.C.から移譲し国民のみなさんに戻します。)

Washington flourished but the people did not shared in its wealth.  さらに177語

読書ノート

Indian Pueblo Cultural Center

アルバカーキは終日雨との予報だったので、前から行ってみたかったネイティブアメリカンのミュージアムIndian Pueblo Cultural Centerを訪れることにした。アルバカーキ市立図書館でMuseum Discovery Passを借りていたので、入館料無料!(こういうところは大阪人の鼻がきく)

毎週末ネイティブアメリカンの各部族による踊りを持ち回りでやっているということで、日曜日なのでちょうどよかった。

ニューメキシコ州にいる19ものネイティブアメリカンの部族(総称してインディアン・プエブロと呼ばれている)によるミュージアムとあって、かなり見応えがあった。壺や種入れの容器やら、それぞれの部族に伝わる物語を置物で表したものとかがあった。特に、壺の絵がシンプルでかつ繊細でよかった。

ニューメキシコ大学にもMaxwel Museumという名前の考古学ミュージアムがあるが、そこと違うのは、やはりプエブロ族によるプエブロ族の視点で作られたミュージアムということで、スペイン、メキシコ、アメリカ合衆国によって侵略された歴史や、それが現在にプエブロ族にどういう影響を及ぼしたのかというのもちゃんと描かれていて、すごく考えさせられた。

New Mexico

advent day 2

(English Below)

結局2日目にして何をポストしようかで悩んでしまっています。笑

第二弾スタバ特集!
私はコーヒーがとても好きで水の変わりくらいに飲んでた事があるのですが、
アメリカに住んでた頃は二日に一回はスタバに行っていた気がします。

日本にお住まいの皆さんは知らないかもしれませんが、
アメリカのスタバではドリップコーヒーならそこまで高くないのですよ。(だから良く行けていたのです)日本のドリップコーヒーはなぜあんなにするのでしょうか、、、。涙
トールサイズのドリップコーヒーは1.80ドル(100円=1ドルの場合180円)だったのですよ。昔はもっと安かったのに、、。

そこで!クリスマスシーズンのオススメ「ジンジャーブレッドラテ」どれほど安くして頼めるか
検証してみました。

日本のスタバ –  ジンジャーブレッドラテ
ショート240ml  410円(税抜き)
トール 350ml  450円(税抜き)
グランデ 470ml 490円(税抜き)
ベンティ 590ml 530円(税抜き) さらに308語

クリスマス

雑感~アメリカは、本当に「異常例」なのですか?(Hamachanブログ書込み)

現状、もっぱらニッポンの雇用・労働政策は、大内伸哉氏(イタリア労働法)、水町雄一郎(フランス労働法)、そして濱口桂一郎(欧州労働政策)らをはじめとする「欧州大陸系」(UKを除くヨーロッパ)に範を求める学者・研究者のご意見が重用されています(・・・まるであの頃~明治時代の脱亜入欧…を彷彿させますよね)。

前のブログ(9/6/2016)にも少し述べたとおり、欧州をベンチマークとすること自体は僕も間違ってないと考えますが、議論のベースとなる調査にあたっては、やはりもう少し広い視野で(アメリカやアジア先進国も含む)世界全体の動向や実態をしっかりとリサーチしてほしいですね。

懸案の「同一労働同一賃金」についてもしかり、今回テーマの解雇法制や残業時間法制についてもしかり、と・・・。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-41f3.html#comment-114057262

===(以下、Hamachanブログ投稿内容より)===

もちろんHamachan先生の洞察と慧眼にはいつも敬服しておりますが、この10年前のレポートを読んでちょっと気になる点が一点だけーアメリカに関するやや戯画的な描写には、えっ、ちょっと待って…と。

まず、アメリカに労働時間規制がなく「カネ勘定」だけとの指摘については、残業割増賃金率が5割と高いためそこで使用者側に経済合理性からも長時間残業抑制のブレーキが自然とかかるからでしょう。経済インセンティブが効いて、結果的に労働時間抑制ができているのでは。

また、先進国で解雇を認めているのはアメリカだけではありませんよ。私の知る限りアジア地域で少なくともオーストラリア、シンガポール、香港等は(労働契約に基づき)3ヶ月ノーティスで社員に辞めて頂くことは一般的に行われていますので、アメリカが「異常例」だという表現は(今から見れば)誤解を与えるものと言わざるを得ませんね。

もっとも、昨今のトランプ現象を前にしながら「先進国(?)アメリカの事例こそ模範として見習いましょう!」と強弁するほど呑気にはなれませんが…。

断章/考察

トランプ大統領を生んだアメリカ合衆国を深く理解するため、A・トクヴィル著「アメリカの民主主義」(1835)を読み直す

いま世界中の誰もが注目せざるをえない、次期45代アメリカ大統領トランプ氏―。

トランプ氏「その人」の人物を理解する努力と併せて、この機会にトランプ氏を生んだかの国-「アメリカ合衆国」をより深く理解したいものです。そこで、以前このブログ(23 May 2016)にその「まえがき」を引用した有名な書物、アレクシル・ド・トクヴィル著「アメリカの民主主義」(1835年)から重要な箇所をいくつか引用します。

キーワードは、「歴史の出発点」「共通の特徴―言語の絆」「権利の観念」「自由の原則」「峻厳で論争好き」「ひとつの家族」「2つの系統―南部と北部」「奴隷制―労働の尊厳」「ニューイングランド―異例で独特―余裕ある階級」「植民の意図―移住者ではなく巡礼者(ピルグリム)」「独自の生き方―大規模なデモクラシー」・・・

大きな地殻変動が予感される今こそ、歴史的書物に目を向けることで何がしかの「現代への指針」を手に入れてみたいものです。

===(以下、トクヴィル著「アメリカの民主主義」1835年より抜粋)===

国についてもある程度(個人の場合と)同じである。国民はいつまでもその起源を意識する。国民の誕生を見守り、成長に資した環境はその後の歩みの全てに影響する。

アメリカ史を注意深く研究し、この国の政治的社会的状況を丹念に検討してみると、次の事実の正しさが深く確信される。すなわち、いかなる意見・習慣・法律であれ、否、たった1つの出来事でさえ、この国の「歴史の出発点」によって簡単に説明できないものはない、ということである。

今日のアメリカ連邦をなす地域に時期を異にしてやってきた移住者たちは、多くの点で「異質」であった。移住した目的も違えば、統治の原則も様々であった。それにもかかわらず、これらの人々には「共通の特徴」があり、誰もが「似たような境涯」にあった。

「言語の絆」はおそらく人を結びつけるもっとも強力でもっとも永続的な絆である。移住者は誰もが同じ言葉を喋った。みな同じ国民の子孫であった。彼らの生まれた国は何世紀にもわたって党派抗争で揺るがされ、反対派は身を守るために代わる代わる「法の保護」を求めざるをえなかった。

このような政治教育で厳しく鍛えられた彼らの間には、ヨーロッパのたいていの国よりはるかに強く「権利の観念」、真の「自由の原則」が広まっていた。最初の移住のときすでに「地方自治」という自由な法制の豊かな芽は深くイギリス人の習慣の中に根を下ろしており、それと並んで「人民主権」の教義がまさにデューダー王朝の只中に導入されていた。

ときはまさにキリスト教世界を揺るがした「宗教の争い」の最中であった。イギリスはこの新しい局面に猛然と飛び込んだ。つねに謹厳で思慮深かった国民性は「峻厳」で「論争好き」となった。知的闘争のなかで教育は大いに拡大し、「精神はより深い教養を身につけた。

一般に言えることだが、移住者が母国を離れるとき、「自分たちの間に優劣関係がある」とは考えなかった。国を捨てるのは、幸福で力ある者ではまずない。そして貧困と不幸とは人間が相互の平等を認め合う最良の保証である。・・・このため、イギリス植民地がつくられた当時、全体が「ひとつの家族」のような趣があった。

イギリス系アメリカ人の大家系は「二つの主要な系統」に分けることが可能であり、この二つの系統は今日にいたるまで完全には混ざり合うことなく「南部と北部」に別々に成長してきた。

最初のイギリス植民地が開かれたのは(南部の)ヴァージニアである。移住者はそこに1607年に到着した。奇妙なことに、この時代のヨーロッパはなお「金山、銀山が国富をつくり出す」という考えに囚われていた。この「悪しき観念」こそ、これに染まったヨーロッパ諸国を貧しくし、アメリカで多くの人を破滅させた点で、戦争とあらゆる悪法を合わせたものに勝るものである。

じっさいヴァージニアに送りこまれたのは「黄金を探す人々」であり、資金も規律もないこの人々の落ち着かぬ騒々しい性質が植民地の幼年期をかき見出し、その成長を不確かなものにした。その後、より行ない正しく大人しい種族である製造業者や農耕民がやってきたが、これらの人々はほとんどいかなる点においてもイギリス下層階級の水準以上の人間ではなかった。何らかの「気高い思想」や「精神的結合」のもとに新しい建設の基礎がおかれたことは、およそなかった。

しかも、植民地が建設されるや、すぐに「奴隷制」が導入された。これこそ南部の性格と法律、その将来にわたって計り知れぬ影響を及ぼすことになった決定的事実である。奴隷制は「労働の尊厳」を汚す。それは社会に「無為」を導入し、それとともに「無知と傲慢」「貧困と奢侈」を導き入れる。「知性の力」を低下せしめ、「人間の活動力」を眠らせる。奴隷制の影響はイギリス的特性と相まって南部の習慣と社会状態を説明するものである。

同じイギリス的下地の上に「北部」では正反対の色彩が描かれた。この点についてはいくらか詳細にわたることが許されるであろう。今日合衆国の「社会理論の基礎」をなす2、3の重要な観念が形成されたのは、北部のイギリス植民地、ニューイングランドの名で知られている諸州においてであった。

ニューイングランドの「諸原理」はまず隣接する諸州に広がり、ついで隣から隣へと僻遠の州にまで達し、ついには連邦全体に浸みとおったといえよう。その影響はいまや本来の限界を超えて、アメリカ世界全体に及んでいる。ニューイングランドの建設は「新しい光景」であった。何もかもが「異例」で「独特」であった。

ニューイングランド沿岸に定住の地を求めてやってきた移住者は、全員が母国で「余裕ある階級」に属していた。彼らの集まりは、初めから異例の現象を示した。すなわち、その社会には大領主も下層民もなく、貧乏人も金持ちもいないと同然であった。この人々の間には、割合からいえば今日のヨーロッパのどの国民と比べてもはるかに多くの「知識」が普及していた。彼らは秩序と道徳の感嘆すべき担い手を伴っていた。彼らは「妻子とともに」この荒野にやってきたのである。

何よりも彼らを他のすべての植民者から区別したものは「植民の意図」そのものであった。困窮が国を捨てさせたのではなかった。彼らは惜しむべき社会的地位と確実な生活手段とを捨ててきたのです。暮らし向きをよくし、富を増すために新世界に渡ったのでもなかった。彼らは「純粋に精神の要請に従う」ために、懐かしい祖国から自らを断ち切ったのである。亡命の避けがたい苦難に身をさらしても、「一つの理念の勝利」を欲したのである。

「移住者」Immigrantというよりいみじくも自ら「巡礼者」Pilgrimと称するこの人々は、信奉する原理の厳しさによって「清教徒」Puritanの名を得たイングランドの宗派に属していた。ピューリタニズムは単なる宗教上の教義にとどまらず、いくつかの点でもっとも絶対的な民主的共和的思想と混然一体となっていた。彼らにとってこのうえなく危険な敵が生じたのはこのためである。

母国の政府に迫害され、信奉する原理の厳格な実践を周囲の社会習慣に妨げられて、清教徒は「独自の生き方」が許され、「自由に神を礼拝することのできる未開・未踏の地」を求めたのである。

ニューイングランドの人口は急激に増加し、母国ではなお身分制度が人をほしいままに差別しているうちに、植民地ではどの部分も同質的な「新しい社会」が次第に姿を現していた。古き封建社会の中から、古典古代も夢見なかった「大規模なデモクラシー」が武装して脱出したのである。

イギリスの植民地は他の国のどの植民地に比べて、つねに「より大きな内部自治と政治的独立」を享受しており、それが繁栄の主要な原因の一つであった。この自由の原理がニューイングランド諸邦におけるほど完全に適用されたところはどこにもない。

どんなときにも彼らは「主権」を行使している。役職の任命、宣戦・講和の布告、治安規程の制定。これらすべて自ら行い、彼らは「あたかも神のよう」に法を自分たちで定めている。この時代の立法ほど独特で、また教訓に富むものはない。合衆国の社会が今日の世界に提示している「大きな謎」を解く鍵がまさにそこにある。

近代憲法の拠って立つ一般的原理は、17世紀のヨーロッパ人の大部分にとってほとんど理解を絶し、僅かに英国において不完全な勝利を収めたにすぎないが、そうした諸原理がニューイングランドの法制では悉く承認され、定着している。

人民への公務の関与、課税についての自由な投票、権力行使者の責任、個人の自由と陪審制裁判。これらの原則がここでは議論の余地なく、実際に確立している。これらの起動原理がこの地において適用され、ヨーロッパのいかなる国民もあえて試みたことのないほど発展する。

コネチカットでは最初から「市民全員が有権者」であったが、その理由は容易に理解される。いま生まれつつあるこの国民の間には当時からほとんど完璧な「財産の平等」が支配しており、「知識の平等」はそれ以上に徹底していた。この時代、コネチカットでは執行権の代表は総督にいたるまですべて選挙で選ばれた。

以上のように1650年のアメリカ社会を簡潔に見た後に、同じ時代のヨーロッパ、特に大陸の状態を検討してみると「深い驚き」の念を覚える。17世紀の初め、ヨーロッパ大陸では中世の寡頭制的、封建的自由の廃墟の上に、至るところで「絶対王政」が勝ち誇っていた。

ヨーロッパは光り輝き、文芸も盛んであったが、「権利の観念」がこの時代ほど忘れ去られたことはかつてなかった。この時代ほど人民が政治に生きること少なく、人々が真の自由の観念に関心を失ったこともかつてない。まさにそのときに、ヨーロッパの諸国に知られず、あるいはそこで無視されていた「諸原理」が新世界の荒野で宣言され、偉大な国民の「未来を示す標語」となったのである。

人間精神の生んだもっとも「大胆な理論」が、外見はかくも貧弱なこの社会、いかなる為政者もおそらく当時は関心をもたなかったようなこの社会で実行に移された。人間の想像力が本来の姿にかえって、突如として前例のない立法を行った。

この文明は「まったく異なる2つの要素」の産物であり、この出発点は絶えず念頭におかねばならない。この2つの要素は他の場所ではしばしば相争ったのに対し、アメリカでは両者をいわば「混ぜ合わせ」、「見事に結びつける」ことに成功したのである。

すなわち、それは「宗教の精神」と「自由の精神」である。ニューイングランドの建国者は「熱心な信者」であったが、また「熱烈な改革者」でもあった。いくつかの「宗教的信念」によってこのうえなく堅く結ばれながら、彼らはあらゆる「政治的偏見から自由」であった。

ここから「異なってはいるが相反することのない2つの傾向」が生じ、その痕跡は習俗の上にも法制の上にも至るところで容易に見出される。

人々は「宗教的意見」のために「友人、家族、そして故郷」を捨てている。それほど高価な代償を支払った以上、彼らはそうして得た「精神的財産の追求」にひたすら打ち込んだと思うであろう。ところが彼らは「ほとんど同じ熱意」をもって「物質的富」と「精神的喜び」を追い求め、あの世に天国を追い払い、この世に「繁栄と自由」を求めている。

彼らの手にあっては「政治の原理」も「法律」や「人間の諸制度」も、「意のままに方向を変え、組み替えられる可塑的なもの」のように思われる。

彼らの生まれた社会の周囲に張りめぐらされていた「障壁」は、彼らの前で崩れ去る。何世紀もの間世界を導いてきた「古い意見」は消えてなくなる。そこにほとんど「限りのない道」「果てしのない土地」が姿を現す。

人間精神がそこへ「突進」し、「あらゆる方角」に走り回る。だが、政治の世界の「極限」に達すると、精神はひとりでに立ち止まる。精神は恐れおののき、自らのもつもっとも恐るべき力を行使することをやめる。

この2つの傾向―宗教の精神と自由の精神は、外見上どんなに対立するようでも決して互いに害しあうことなく、一致して歩み、助け合っているように思われる。  (引用完)

断章/考察

[Election2016]トランプを当選させたのは誰?もうひとつのアメリカとは? Who Voted For Donald Trump?

大統領選の投票から一夜明けて、ニューヨーカーは落ち込んでいます。

熱烈なヒラリー支持者はもちろん、マンハッタンに住むニューヨーカーの9割近くがヒラリーに投票したわけで、
それもヒラリーは好きじゃないけどトランプはもっと嫌という理由でヒラリーに一票を投じた人もいたはずです。そしてトランプに投票した人さえも、勝つのはヒラリーと予測していました。私も投票日夕方のTokyo FMのレポートでそう伝えました。

でもそのニューヨーカーの予想は完全に覆されました。
ニューヨーカーだけではありません、メディアにとっても完全な不意打ちでした。

その最大の理由は、トランプを当選させた牽引力になったのが、これまで声を持たなかった、メディアもノーマークだった有権者。ニューヨーカーにとっては最もなじみのない、「特に地方に住む高卒の白人」だったからです。彼らの多くがこれまで投票したことさえなかった。そんな彼らがトランプ氏のメッセージに共鳴し投票所に押し寄せたというのです。

ニューヨークタイムスの出口調査を見るとよくわかります。

彼らについて説明する前にお断りしておきたいのは、トランプは本当に僅差でヒラリーを破っていることです。一般投票の数だけで見るとヒラリーの方がわずかに多いくらいなのです。つまり多くの人はヒラリーを支持した、または消去法で安全と思われるヒラリーを選んだ。ところがトランプを支持した人がわずかに上回ったというわけです。

では「地方に住む高卒の白人」とはどういう人たちかというと、主に自動車など製造業に携わるブルーカラーの組合労働者です。勤勉で家族を大切にし信心深い保守的なアメリカ人と言っていいと思います。
かつてアメリカの産業の根幹だった製造業は、グローバル化で工場が次々と海外に移転するなどして空洞化、多くの人が職を失ったり、収入が減り続けいます。でもトランプを支持したのは必ずしも貧困層ではありません。年収500万〜2000万円のミドルクラスです。今はまだなんとかなっているけれど、将来、子供たちの時代には一体どうなるの?という不安。特にリーマンショック後、自分たちの経済状態は改善されず、政治にも大企業にも見捨てられたと怒りを感じている人たちです。ちなみにアメリカ全体で4大卒のアメリカ人は全体の3割(日本は5割弱)つまり7割は高学歴でない多くがブルーカラーで圧倒的多数派なのです。

そんな彼らにトランプ氏の「Make America Great Again」のスローガンが強く響いだのです。
トランプ氏が掲げる厳しい移民政策や貿易協定の破棄は、自分たちの仕事がなくなったのは流入する移民のせい、輸入が産業を破壊している、という彼らの疑念にピタッとマッチしたのは間違いありません。そして政治もシステムも大企業も何もしれくれない、メディアも信じられないという怒りが、キャリアが長く権益とつるんでいるイメージの強いヒラリーの全面否定につながり、政治畑出身ではなく共和党のポリシーにも沿わない「反逆児トランプ」を前面に押し上げました。

こうした反抗的な気持ちは持っているものの、彼らはキリスト教保守ですから、リベラル民主党が進めるプログレッシブな銃規制も妊娠中絶も同性婚にも賛成できない。この8年間はデジタル化や多様化でアメリカ文化がどんどん先に進んでしまった。ということはついて行けない人だっているわけで、そういう人たちが「いやちょっと待って」と言うチャンスもなかった。特に同性婚などは実際の人の気持ちでなく、政治的な駆け引き優先で決められてしまっている一面もありますから。おそらく「女性大統領」に対しもハッキリ言わないけれど違和感があるのだと思います。

そんなことより職を、生活を先になんとかしてください、という切実な思い、リアルな叫びをトランプ氏がすくい上げたのです。

そしてもう一つ、ニューヨークという移民社会に当たり前に生きる私たちが見逃しがちなポイントがあります。今アメリカはますます多様化し、2044年には白人が過半数を割ると言われています。地方の白人だけの街に住む彼らはそれを聞いて不安にならないわけはありません。自分たちが作り出した国が見知らぬ外国人に踏みにじられるような気持ちになってもそれを攻められないのではないでしょうか。(日本に外国人がどんどん入ってくるシチュエーションを想像してみてください。)今のうちになんとかしなければという力が働くのは当然だと思います。

ともあれそれが「隠れトランプ」でした。素朴でシンプルなメッセージを繰り返すことで、誰も気づかなかった政治的潜在需要を掘り起こしたという見方をすれば、これはまさにビジネスというかマーケティングの天才と言っていいかもしれません。

ともあれ、私たちニューヨーカーそして大都市を中心に動いているメディアも、彼らの存在をハッキリ認識していなかったというのが、予測が完全に外れた理由です。
多人種、多民族、全体的に高学歴のニューヨーカーが知らない「もう一つのアメリカ」があり、彼らの力がトランプ氏を当選させたことにショックを感じています。

「海外に流出した職を呼び戻せば過去のように豊かな生活が戻ってくると思うこと自体無知すぎる」と感じている私たちは、彼らのようなニーズを持ったアメリカ人がいることを知らなかった自分たちの無知も攻めた方がいいかもしれません。

同じアメリカ人なのに全く理解できない、つまりそれほど分断されてしまっているということも、今回の選挙でハッキリと明るみに出ました。

話は変わりますが、彼のメッセージは「Make America Great Again」アゲインですから過去に戻るという意味合いも含まれています。アメリカの国内産業が反映して豊かだった時代・・・・1950年代あたりをイメージする人が多いと思います。でもその時代は公民権法もなく私たち有色人種は2流市民で、もちろんフェミニズムもありませんでした。(だから私たち移民はトランプ大統領に対しアレルギーを起こしてしまうのだと思います。)

彼らが求めているチェンジは、8年前にオバマ大統領が掲げたチェンジとはかなり違います。つまり未来ではなく過去に向かうベクトルのチェンジだと思います。

あらゆるものがものすごいスピードで先に進んでいる今、これは振り子が降り戻っている状態だと思います。バランスを取ろうとしている、ある意味人間のサバイバル本能なのかもしれません。ただそれがどこまで降り戻るのか? その結果がどうなるかは今の所誰にも予測できないのですが。

シェリーめぐみ